[2025_06_06_04]福島第1原発事故めぐる株主訴訟、最後に裁判長が言ったこと 東京電力旧経営陣の賠償責任認めず 東京高裁(東京新聞2025年6月6日)
 
参照元
福島第1原発事故めぐる株主訴訟、最後に裁判長が言ったこと 東京電力旧経営陣の賠償責任認めず 東京高裁

 19:38
 2011年3月の東京電力福島第1原発事故を巡り、旧経営陣が津波対策を怠り東京電力に巨額の損失が生じたとして、株主が旧経営陣ら5人に23兆円超を東京電力に賠償するよう求めた株主代表訴訟の控訴審判決が6日、東京高裁であった。木納敏和裁判長は「巨大津波は予見できなかった」として、13兆3210億円の支払いを命じた一審東京地裁判決を取り消し、株主側の請求を棄却した。(三宅千智)

 逆転敗訴となった株主側は上告する方針。

 株主代表訴訟 会社法に基づき株主が会社に代わり、取締役などの責任を追及する訴訟。義務を果たさず会社に損害を与えたなどと株主が判断した場合、賠償金を会社側に支払うよう求める。訴訟では違法行為の有無や、適切な経営判断をしたかどうかが問われる。

 ◆争点は「長期評価」に科学的信頼性があるかどうか

 訴訟は、旧経営陣らが巨大津波を予見し得たか、対策によって事故を回避できたかが争点だった。東京電力内部では2008年、最大15.7メートルの津波が来ると試算。その根拠となった政府の地震調査研究推進本部(地震本部)の「長期評価」(2002年公表)の科学的な信頼性が争われた。
 2022年7月の一審判決は、長期評価に「相応の科学的信頼性がある」と認め、原子炉建屋などに浸水対策を行っていれば重大事故を避けられた可能性が十分にあったと判断した。
 木納裁判長は判決理由で、当時の状況下で旧経営陣が事故防止のためにできた指示は「原発の運転停止」しかなかったと指摘。その上で、電力需給への影響なども考慮した上で、運転停止を指示するほどまでに長期評価を信頼できたかを検討した。
 当時、地震本部が長期評価の信頼度を「C(やや低い)」とし、中央防災会議や自治体の防災対策に採用されていなかったことなどから、木納裁判長は運転停止を指示する根拠として「十分ではない」と判断。旧経営陣に「津波の予見可能性があったとは認められない」と結論づけた。

 ◆木納裁判長「あくまで法的責任の判断」と強調

 また、事故対策の実質的な責任者だった武藤栄元副社長(74)への社員の報告内容も切迫感はなく、対策を指示しなかったことは「不合理とは言えない」と指摘。ほかの旧経営陣は武藤氏よりも情報に接していなかったとしていずれも賠償責任を認めなかった。
 木納裁判長は、理由読み上げの終盤で「あくまで本件事故における法的責任の判断」と強調。「原発事業者による津波の想定は、事故前と同じものであってはならない。二度と過酷事故を発生させてはならない」と付言した。
 被告は武藤氏のほか、昨年10月に84歳で死去した勝俣恒久元会長の相続人、清水正孝元社長(80)、原子力部門のトップだった武黒一郎元副社長(79)、小森明生元常務(72)の5人。
 判決を受け、5人の代理人は「コメントは差し控える」とした。東京電力は「個別の訴訟に関することは差し控える」との談話を出した。

  ◇  ◇

 ◆経営陣それぞれの責任を否定したが

 東京電力旧経営陣が負う賠償義務を13兆円超からゼロにした東京高裁判決は、事故防止には原発の運転停止しかなかったと前提を置き、責任の認定ハードルを高くすることで一審判決を覆した。防潮堤以外にも浸水対策を指示する必要性を認めた一審判決に比べ、旧経営陣に求められる義務の範囲を狭めた形だ。
 高裁の木納敏和裁判長は、津波試算の根拠になった長期評価について「地震学のトップレベルの研究者による議論に基づき、尊重するべきものだった」と認めた。だが、実際に自治体の防災対策に取り入れられていなかったことなどから、事故責任を問うための予見可能性の根拠にはならないとした。事故から14年以上たった今も苦しむ被災者を思うと、納得できない論理だ。原発事故の防止に効力がある地震予測は、存在しないかのように感じる。
 判決理由の最後で、木納裁判長は原発事業者に対して「いかなる要因に対しても過酷事故の発生を防ぐ措置を怠ってはならない」と述べ、約30分間の読み上げをこう締めくくった。「原子力発電事業のあり方について、広く議論することが求められる」。そこまで言及するなら、なぜこうした判決となったのか疑問が残る。(小野沢健太)
KEY_WORD:東電株主訴訟_東京高裁_株主逆転敗訴_:FUKU1_: