[2017_01_07_03]意見書 古い原発はなぜ危険か 筒井哲郎(東海第二原発差止訴訟2017年1月7日)
 
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意見書 古い原発はなぜ危険か 筒井哲郎

 04:00
(前略)
 はじめに

 高浜1・2号機をはじめとして、40年を超える原発の運転寿命を60年に延長する動きが加速している。古い原発はなぜ危険かという設問に対して、今までの議論はどの部位が弱点かという問題にとらわれてきた。けれども、原発に特異な弱点は、保守管理の困難にある。
 石油プラントでも火力発電プラントでも、毎年開放点検して内部をくまなく調べ、傷んだところ修繕したり、部品を交換したりしている。建設材料においても建設技術においても、原発も他のプラントも大した違いはなく、毎年こまめに開放点検できるかどうかが大きな相違点であり、安全管理の信頼性の分かれ目である。
 劣化する部位は個別プラントごとに特性が異なり、どの部位の劣化の進捗が著しいかということをすべて予測することはできない。たとえば、自動車のような何百万台単位で標準生産されている工業製品でも一様に部品交換で済ますことができず、個別車両ごとに2年単位の法令上の補修点検が必要である。ましてや、一品料理の設計で建設されるプラントでは、弱点予測が困難で、運転開始以後の定期点検によって弱点を後追いで発見する方法がもっとも確実である。弱点を見出すには目視が最適であり、さまざまな間接的検査方法は、何らかの弱点予測に頼らざるを得ない。
 原発は、核心部分の開放点検が困難である。六カ所村の核燃料再処理工場や高速増殖炉もんじゅが長年停止しているのは、事故自体は単純な初期設計の不備に過ぎないものだが、直しに行けないために二進も三進も行かないのが現状である。
 どんなプラントでも、予め弱点を予想して何十年も継続使用できるように設計建設することはできない。それで、ほぼ毎年開放点検して局所的な補修を繰り返して使用を継続するのが工業上の標準である。原発はそのプラクティスを不可能にする致命的な欠陥があって、一般産業プラントに比べてもはるかに高い危険性がある。現在、原発と規模の類似した火力発電所や石油プラントの多くは、古くても1960年前後に建設されたものである。ようやく運転期間60年に達するかどうかという時期である。しかも、消耗の激しい部位はほとんど更新されている。他方、原発では材料が放射化されたり、冷却水に含まれる核分裂生成物が固着しているために、大規模更新が困難である。原発において運転条件が過酷な部位を60年間継続使用するというのは、他の分野同様に経過観察期間に突入させることである。そのように、実績の無いリスクを原発に許すかどうかは、一般産業以上に慎重に検討しなければならない。

 1. 40 年運転規制

 既存の原発(軽水炉)は、1950年代に原子力潜水艦の駆動装置を民生用産業設備に転用して生まれた。技術の系譜としては、火力発電プラントのボイラの代わりに原子炉を設け、スチームを取り出して以降はスチームタービンと発電機の組み合わせであり、火力発電設備と同じ設計である。では、その設計寿命をどう設定したかといえば、火力発電設備の実績を参照して、30年前後と決めたようである。どのような産業プラントでも新規採用した技術を適用する場合は、類似のプラントの形状・素材・施工方法などの適用技術およびその運転実績と寿命実績を参照しながら同様の寿命を目指す。
 既存の原発に対しては、新設時にそのような経緯を経て、安全規制上の運転期間を40年間と設定した。そして、40年経過時点で徹底した検査をした上で、安全を確認したプラントに限っては例外的に運転期間を延長し、60年までの運転期間延長を許可するというルールを決めた。
 このような決め方の中には、産業プラントにおける経験的な経済性判断が背景にある。どんなプラントでも機械装置でも、30〜40年以降に使い続けようとすると多額の補修費用がかかり、修繕するよりは更新した方がよいという常識である。

 1) 福島事故以後の法規制

 2013年7月8日に施行された改正炉規法において、次の二つの認可制度を設けた(注1)。

 a. 高経年化対策制度

 運転開始後30年を経過する原子炉施設について、以後10年ごとに機器・構造物の劣化評価および長期保守管理方針の策定を義務づけ、これを保安規定認可に係わらせる制度。

 b. 運転期間延長認可制度

 発電用原子炉を運転することができる期間を、運転開始から原則40年とし、その満了までに認可を受けた場合には、1回に限り延長を認める制度。延長期間の上限は20年とし、具体的な延長期間は審査において個別に判断。

 2) 設計寿命の設定

 プラントを設計する際に、「設計寿命」を設定する。設計寿命は、設備投資額と保守管理費用、商品寿命などの兼ね合いで決定される。設計寿命を念頭に置いて決めるパラメータには次のような項目がある。
 −腐食・エロージョン→腐れ代:たとえば、年間0.1mmの腐食・エロージョンに耐えるようにする場合は、腐れ代を3mmとする。
 −金属疲労:累積回転数(曲げ応力の繰り返し)、累積シャットダウン回数(熱応力の繰り返し)
 −中性子照射脆化:運転年数
 −電気計装部品の劣化試験に基づく耐用年数:経過年数
 ただし、設計寿命というのは、平均的な劣化をカバーするように、経済的配慮で決める数値であって、すべての部位がカバーされるわけではない。どのようなプラントでも、局所的な集中劣化が発生して、致命的な事故の原因となる。そのために、1年に一度程度の定期点検を行って、集中劣化部分を補修することが工業的なスタンダードとなっている。
 運転中に事故や故障が発生したり、定期点検中に劣化箇所が判明したりして、さまざまな設備上の弱点が判明しているが、どの原発にも共通に発生している現象もあるし、個別の原発に固有の問題もある。日本国内だけでも、すでに50基を超える原発の運転実績があるので、経年劣化に伴う多数の弱点がリストアップされている(注2)。

 2. 原発における劣化管理の困難

 しかし、本質的な問題は、どこがどう劣化するかをあらかじめ予想できないことである。鉄道車両や自動車のように、同一設計の機械が多数生産され、類似の条件で運転されている実績がある製品においては、事故・故障のデータが統計的に把握できる。しかし、火力発電所であれ、原子力発電所であれ、基本的には一つ一つ新しく設計され、毎回設計改善やスケールアップを繰り返しているプラントにあっては、どの部位に集中的な劣化が発生するかは予見できない。したがって、定期検査で緻密に検知する以外に方法はない。けれども、原発の内部点検には、一般産業プラントにない原発固有の困難がある。

 1)開放点検できない

 火力発電プラントを含む一般産業プラントでは、定期点検の際には開放点検を行って、しらみつぶしに内部の損傷・劣化の状況を目視および検査器具で検査する。何事であれ、内部の状況を目視で一覧できるか否かが、状況判断の正確さを大きく左右する。文字通り「百聞は一見に如かず」である。しかるに、原発では放射線被ばくの問題があって、原子炉周りの開放点検が困難である。その結果、隔靴掻痒を余儀なくされる。その不便は致命的である。
 たとえば、高速増殖炉もんじゅの場合を見てみよう。この装置は1994年4月に初臨界に達し、翌年12月までのナトリウム漏えい事故までの1年8カ月間と、2010年5月から同年7月の炉内中継装置落下トラブルまでの2カ月間稼働しただけである(つまり、22年間のうち1年10カ月)(注3)。その原因について、日本原子力研究開発機構の前理事長・鈴木篤之氏は、これらの二つのトラブルの原因は、建設時の初期設計の欠陥が、この時に現れたのだと説明している(注4)。
 つまり、どういう設備であれ、最初から完璧な装置を設計・建設することは不可能である。その初期の欠陥は、装置運転開始後の早い段階で出現するので、一定期間運転した後に徹底した修理を行う。ところが、原子力プラントでは、開放点検および内部へ入っての修理作業が困難なために、いったん事故が発生すると長期間に渡って停止することを余儀なくされることがしばしばある。以下[補足説明1]参照。

 2)品質検査の限界

 上記の対策のひとつとして、原発業界では、外部からの診断を精密に行って早いうちに欠陥を見出して処置をすると言っている。そのことによって、大きな事故を事前に防止できる、というのがその論拠である。
 しかし、その欠陥検知の技術の信頼性については、おのずから限界があり、それによって、次の連続運転期間中の事故発生を完全に防ぐことができるとは言えない。その技術上の限界については、[補足説明2]を参照されたい。

 3)装置の破壊に至らない傷は補修しないという綱渡り

 2000年に、日本機械学会は「発電用原子力設備規格維持規格」を策定し、その規格は、原子力規制委員会の「規制基準」の一環を成すものとして適用(エンドース)されている。この規格の目的は、破壊力学に基づいて破壊過程を厳密に解析し、傷が発生しても、それが装置の破壊に至らない性格のものであれば補修作業を不要と判別するためのものである(注5)。
 問題は、あらゆる破壊過程を人知で予測できるかという点にある。人知に頼ってどこまで崖っぷちに近寄っても良いかというリスクを冒している。そのように、一般の産業設備以上にリスクを冒さなければ稼働率を稼げないのが原発の宿命である。

 4.古いモデルの廃棄

 一般産業プラント、たとえば石油精製プラントや化学プラントでは、1950年代に建設した設備を今でも稼働している場合が少なくない。けれども、それらのプラントにおいては、劣化した部分(機器や配管)を完全に更新している場合が多い。他方原発では、規模の大きい工事には多大な被ばく労働を要するので、大幅な更新や補修作業が困難である。とくに熟練の技能労働者に被ばく労働を要求することは困難であって小規模補修に限定される。
 その結果、故障発生頻度は下図のような確率を示す。これを「バスタブ曲線」と呼ぶ。建設後初めて運転する時に初期故障が発生する。その後安定期が続き、一定年数を経た晩期にじょじょに弱点が現れて故障頻度が増していく。



    図1. 故障頻度(バスタブ曲線)の典型例

 老朽化した設備は故障リスクが高まる。それを補修によって寿命延長するか、廃棄して新しい設備を導入するかは、そのリスク回避費用、更新後の性能向上利益などのバランスで判断する。自動車・家電製品などのような一般消費財は、性能や補修費用とのバランスで、寿命は10〜20年である。原発はたとえばマークTのような初期モデルはリスクが高くて、速やかに廃棄した方がよいことが福島事故で実証された。
 その後に建設された原発モデルでも、PWRの蒸気発生器のプラグ率や照射脆化の進行度合いなど、通常の運転経過においても劣化が発生しているので、最大でも40年を寿命とすることが、条件付き妥当と考える。
 また、多量の電線の被覆材料はプラスチック(合成樹脂)製であるが、経年劣化によって可撓性を失うため、ひび割れや衝撃による破損が懸念されるが、それらの電線を交換することは現実的に不可能である。
 より深刻な問題は、1970年前後に設計された原発は、地震に対する認識が今日ほど進んでおらず、基準地震動300〜400Galで設計されたものが多い(東海第二は270Gal)。近年の兵庫県南部地震や熊本地震において新たな知見として加わったことは、基準地震動の大きさ、および繰り返し震動回数など、既存の原発設計には含まれていないリスクが判明したことである。
 現在の新規制基準の審査においては、過酷事故の発生を前提として、その対策を外付けの応急設備で補うことで合格としているが、設備本体の本質的な改善には手をつけておらず、安全率の切り詰めによって大規模破損が発生しないかどうかの審査だけを行っている。これは設計時に想定したリスク回避の余裕の後退にほかならず、早急に設備廃棄を考えるべきであって、運転延長はさらにリスクを加増するものである。

 4.東海第二原発の現状

 1)バスタブ曲線の傾向

 東海第二のトラブル発生件数の推移は下図の通りである。初めのおよそ10年間に初期故障が頻発し、それらを克服した後の10年間は安定期にあり、20年間を経過してからはトラブルが漸増して30年経過後は高止まりしている。これは典型的な老朽時期に入っていると言えるであろう。



     図2:東海第二発電所のトラブル等発生件数

 2)同種プラントの廃炉状況

 1970年代に建設された原発は、経年劣化の問題のみならず、原発の歴史が浅くて設計上の未熟さが否めない。加えて材料技術においても、どの不純物が放射線照射化において劣化要因になるかといった問題について知見の蓄積がなかった。下表に見るように、その時期の原発に資本投下して再稼働するよりは廃炉にした方が経済的であるという判断を下した電力会社が少なくない。日本原電がもし他の事業者のように他の発電設備をもっていたなら、当該原発を廃炉にすることを技術的にも経済的にも合理的であると判断したのではないだろうか。



     図3:炉型別経年順(BWR)

注1.「実用発電用原子炉に係る新規制基準について―概要―』原子力規制委員会、2013年7月、p.23
 https://www.nsr.go.jp/data/000047558.pdf
注2.原発老朽化問題研究会『老朽化する原発―技術を問う―』原子力資料情報室、2005年
桜井淳『原発事故の科学』日本評論社、1992年
注3.「もんじゅ」の在り方に関する検討会「『もんじゅ』の運営主体の在り方について」2016年5月、p.7
注4.原子力委員会新大綱策定会議、第9回議事録、2011年11月30日、p.45、鈴木篤之氏説明
注5.維持規格JSME S NA1-2008 添付 EJG-B-2-6

 執筆者の職務経歴

氏名: 筒井哲郎
生年月日:1941年5月14日 75歳
最終学歴:東京大学工学部機械工学科卒業 1964年
職歴:
1964年−1987年 千代田化工建設株式会社
国内外の石油プラント、化学プラント、製鉄プラントなどの設計・建設・試運転に携わった。最終職務は、プロジェクト・マネージャ。
1987年−2000年 小規模エンジニアリング会社
化学装置、機械装置の設計・建設・試運転に携わった。
2001年−2013年 日揮プロジェクトサービス株式会社
国内の石油プラント、化学プラントの設計・建設に携わった。主要職務はプロジェクト・マネージャ。
現在:プラント技術者の会
NPO APAST 理事
原子力市民委員会 原子力規制部会 部会長
著書:『戦時下イラクの日本人技術者』三省堂、1985年
『原発ゼロ社会への道』原子力市民委員会、2014年(共著)
訳書:『LNGの恐怖』亜紀書房、1981年(共訳)
論文:『世界』4篇
『科学』4篇
『エンジニアリング・ビジネス』2篇、ほか

 [補足説明1]
         開放点検で発見される傷の割合

 本文で、「開放点検ができないことが問題だ」「すべての傷を予測したり、非破壊検査で検知したりできない」と書いた。
 もちろん、プラント部位の弱点は経験的にも知られているから、経験的な知識を無視して、開放点検のみを頼りに傷を探せという主張をしているわけではない。予測される傷の数と、開放点検によって新たに発見される傷の数との比率がどの程度だと考えているかを、筆者の体験からの類推で、オーダーレベルの目見当を申しあげる。
 筆者は、約 10年前に、市原市のコンビナート内にある石油化学プラントのオーバーホールのプロジェクト管理を担当した。この設備は、数年間休止して後、再稼働するために、全面的な開放点検を行い、可動部分のある機器はすべてメーカーの工場へ搬入してオーバーホールし、新品相当の機能を回復するようにした。静機械は、その場で開放点検して、可能な限り傷の有無を確かめ、補修をした。
 この工事の契約の際には、あらかじめ予測される点検業務と補修業務をリストアップし、それに基づいて契約金額を決め、そのリストに載っていない項目が発見されたら、それを実行して追加金額を加算するという契約をした。点検・補修過程での追加項目は、現場でも発生するし、メーカーの工場で診断した後に、交換部品が増えるといった理由で加算されることもあった。
 結果として、初期の契約金額に対する追加金額の割合は20%程度であった。原発の場合にはもう少し歴史の積み重ねが多いので、その割合が減る可能性はあるが、本質的に、開放点検をしても新たな傷は発見されないというレベルまですべての傷を予測、または外部からの検査で把握できるわけではないと考える。その開放点検によって発見される傷の割合は、オーダーとして10分の1の桁だと考える。
 すべての傷が直ちに破損につながるわけではないが、それだけリスクが増えるのであり、見つけた傷は逐一補修するのが一般工業スタンダードである。

 [補足説明2]

         溶接管理および保守管理の限界

 1.目的

 高浜原発の差止裁判で、関西電力は設備強度を論じる際に、「溶接の良否、保守管理の良否による強度低下を考慮する必要はない」とし、その理由として溶接に関しては、「万一溶接不良があった場合にもこれを検出できるよう、溶接後に非破壊検査を実施している。」と述べている。これは、現実から離れた空論と言わなければならない。溶接管理においても保守管理においても間接的な診断手段をもって、100%正確に事態把握を行うことは不可能である。また、たとえ溶接の形状欠陥がなくても溶接残留応力が必ず存在するが、それを算定して強度の低減を反映するような計算は行われていない。また、保守管理は経年劣化を把握することが目的であるが、「保守管理規定に則っているから完ぺきである」という主張は、非破壊検査という技術手法の実態を過大評価した誤りである。

 2.非破壊検査の限界

 溶接の品質管理および運転後の保守管理は非破壊検査という手法によって、欠陥の有無を検出する。
 その手段には、目視試験、放射線透過試験、超音波探傷試験、過電流探傷試験、磁粉探傷試験、ひずみ測定、アコースティック・エミッション、浸透探傷試験、サーモグラフィ試験、近赤外分光法などがある。また、それぞれの試験を実施するには、熟練した試験技術の技量が必要であって、業界ではそれぞれの検査方法について検査員の技量試験を行い、6分野についてやさしい順にレベル1/レベル2/レベル3の資格認定が行われる。毎年春と秋の年2回試験が実施され、合格率はおおむね50%/30%/20%程度となっている(注1)。また、当然ながら手法によって、検出限界がある。
 この事実が意味するところは、非破壊試験には以下に示すような限界があるということである。

 1)検出限界はそれぞれの手法によって異なり、目的に従って最適のものを選ぶが、1例として、超音波探傷試験における傷のタイプ(形状)による検出確率への影響を図4に示す(注2)。検知できる寸法の下限があるのは当然であるし、それに加えて傷のタイプ(形状)によって検出確率が違ってくる。



図4 超音波探傷試験における傷のタイプ(形状)と検出確率

 このことは原発の非破壊検査の実例においても、つとに指摘されていた。複数の原発において、従来の超音波探傷試験で測定した部位を切断して確認したところ、実測値が検査値を大幅に上回っていた。図5(左)に見るように、極端な場合には、実測値12mmの深さの傷を2mmと指示していたり、7mmの深さの傷をまったく指示しなかったりということがあった。


     図5 超音波検査によるひび割れ深さの試験結果

 この事態を受けて、発電設備技術検査協会は、柏崎刈羽1号機から切り出した配管について「改良」超音波探傷試験を行った。その結果が図2(右)である。今度は実測値7mmの傷を13.5mmとか11mmとか指示したケースがある。報告書には傷でないものを傷として検出したケースもあることが記されている。これらは傷を見落としてはならないという意識が検査員に強く働いたためと思われる。このように、非破壊検査は検出限界の存在に加えて、検査員の判断(主観)にも依存する誤差のきわめて大きい検査法であって、過小評価しては危険である(注3)。

 2)欠陥の発見は、人間の五感に依存した技量に頼っていること。したがって、見落としや集中力の違いなど、人間の心理的な要素が混入する余地がある。西島敏は次のように述べている。

 非破壊検査で亀裂や欠陥を発見する精度は、ここにあるはずだから探せといわれたときと、場所を限らずに探せといわれたときでは、非常に違います。皆さんがボタンくらいの小さな落し物をしたとき、机の下と分かっていれば、たぶん見つかるでしょう。でも、家の中のどこかで落としたとなると、見つけるのはすぐには無理かもしれません。非破壊検査にもそのようなところがあります(注4)。

 3)非破壊検査は、たとえて言えば、医者が患者を健康診断するに似ている。患者の肉体組織を破壊してまであくまで欠陥の有無を追及するのが目的ではなく、患者の組織を温存しながら欠陥の有無を検知しようとするものである。その場合には、構造形状によって測定機器が適切に設置できない箇所も少なくないし、欠陥の種類や性状によって測定精度が落ちる場合もある。また、実際の事故調査を行うと、破断個所は予め予想されなかったところで発生している例が多い。

 4)設備の検査は、施工直後と保守点検時という非連続のタイミングで行われる。しばしば年単位の間隔が開く。検査時に検知レベル以下であった欠陥が急速に進展する場合には有効な検知手段がない。人体にたとえれば、急激に進展するガンの場合に似ている。

 3.品質保証・保守管理不備の実例

 現実問題として、製造時の品質管理や稼働以後の保守管理が完全であって、設計で想定された状態が完全に維持されるということは困難である。過去に次のような管理のミスがあったという事実を想起していただきたい。

 1)1991年2月9日美浜原発2号機「蒸気発生器伝熱管の破断」(日本の原発でECCSが作動した最初の事故)

 原因:蒸気発生器伝熱管の振止め金具が大幅に挿入不足であったため、伝熱管1本が流力振動で疲労破断した。製造時の品質管理ミスが根本原因。また、事故対応の中で、加圧器逃し弁不動作、及び主蒸気隔離弁不完全閉が生じた。それぞれ、不適切な作業管理及び不適切な保守管理による(注5)。

 2)2004年8月9日美浜原発3号機「2次系配管破断」(高温水蒸気により作業員11人が死傷(うち死者5人)した事故)

 原因:運転中のエロージョン/コロージョン(侵食/腐食)と呼ばれる配管劣化現象で肉厚減少が進み、破断に至った。原発定期検査において、その個所の肉厚検査を一度も行っていなかったという、きわめて不適切な保守管理が根本原因である。

 4.求められる信頼性レベル

 上に述べた非破壊検査は一般産業プラントの安全性を高めるために発達してきた品質管理の手法であり、その試験員の資格認定も行われるほどに産業界に定着した手法である。それを原発の安全管理に応用することについては、何ら異存を差し挟むものではない。しかし、その手法を励行しているから原発の安全性が保証されるという説明は間違っている。もっとも大きな間違いは、原発に要求される検査の信頼性レベルと、一般産業プラントに要求されるレベルとが、桁違いであるという点である。
 一般産業プラントに要求される信頼性レベルは、一定の確率で事故が発生してもそれによる市民への被害は限定されており、その災害を見越して損害を緩和するための火災保険や第三者賠償保険などの社会的補償システムが予め組み込まれている。しかし、原発の場合には第三者である市民への被害が膨大であるにもかかわらず、その損害を緩和する社会的システムがほとんど欠落している。そのことは現在も福島原発事故による福島県民の避難者が10万人近くに上りながら、一向に補償手続きが進展していないという一事を見ても明らかである(注6)。

注1.Wikipedia「非破壊検査」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%9E%E7%A0%B4%E5%A3%8A%E6%A4%9C%E6%9F%BB

注2.荒川敬弘「非破壊試験の高精度化に関する動向」IICREVIEW,2010/4,No.43,p.2
注3.原発老朽化研究会『老朽化する原発』原子力資料情報室、p.55
注4.西島敏『金属疲労のおはなし』日本規格協会、2007年、p.158
注5.「原子力発電所事故・故障等評価尺度の適用について」資源エネルギー庁、平成3年11月26日
注6.『原発避難白書』人文書院、2015年、p.11

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