| [2025_10_10_01]東急田園都市線の衝突事故はなぜ起きた?原因は10年前の「まさかのミス」だった 枝久保達也(ダイアモンドオンライン2025年10月10日) | 
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 04:00 完全であるはずの安全システムにも思わぬところに穴がある。東急田園都市線梶が谷駅で10月5日午後11時4分に発生した営業列車と回送列車の列車衝突事故である。東急電鉄は7日の記者会見で事故時の状況を説明したが、鉄道運行においてもとりわけ専門的な分野の話であり、メディアも混乱している感がある。なぜこのような事故が発生したのか、一般人でも全体像がつかめるよう、現時点で分かっている範囲で、可能な限り専門用語を使わずに解説したい。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也) ● 自動停止した回送列車に 時速40キロで衝突 事故のきっかけは、梶が谷駅3番線から留置線(5番線)へ、翌朝の折り返し運行のため走行した回送列車が、ORP(Over Run Protector=終端防護装置)の作動により終端部手前で自動停止したことだった。 ORPは行き止まりの線路で確実に停止できるよう、段階的に変化する制限速度を超過した場合に非常ブレーキをかける安全装置だ。当該箇所では制限速度が時速6〜7キロ程度のところ、時速9キロ程度で進入したためブレーキが作動した。 これは設計通りの動作で事故の本質には関係ない。回送列車の運転士が動力車操縦者運転免許を取得過程の「見習い運転士」だったことが報じられたが、必ず経験豊富な教官が同乗しているため、中途半端な経歴の運転士よりよっぽど安全である。今回の事故に見習い運転士の運転操作は関係なく、仮にミスがあったとしても、それは教官の責任である。 回送列車は所定の23メートル手前で停止したため、10両編成全てが留置線に収まりきらず、上り本線(渋谷方面)から梶が谷駅3番線に入る線路に、最後尾がはみだして停止した。回送列車はブレーキを解除し、停止位置を修正しようとしたが、そこに渋谷行き各駅停車が3番線に入線した。 各駅停車の運転士は回送列車の位置が通常より接近していると感じ、非常ブレーキを作動したが時速40キロ超で衝突。回送列車の最後尾1両(第1台車1・2軸目)が脱線し、各駅停車の1号車から4号車の右側面が損傷した。 回送列車の「はみ出し」が小さかったこと、各駅停車が減速していたことから被害は小さく、乗員乗客にけがはなかった。不幸中の幸いである。 現地調査のため現場保存が行われたことで運転再開は7日午前0時過ぎにずれ込み、田園都市線は5日から6日にかけて渋谷〜鷺沼間で591本、大井町線も二子玉川〜溝の口間で516本が運休。影響人員は65万人以上に及んだ。 陸の孤島となった渋谷〜鷺沼間では、迂回ルートのバスは大混雑、沿線からレンタル電動キックボードが消える事態となり、梶が谷より都心側で折り返し運転ができなかったのかという声があったが、田園都市線の車庫(留置線)は梶が谷、鷺沼、長津田にあるため、梶が谷が塞がれると車両が出庫できなかったのだ。 ● 回送列車が存在するのに 各駅停車に青信号を表示 問題はなぜこのような事故が発生したかである。田園都市線はATC(自動列車制御装置)と呼ばれる安全性の高い信号システムが導入されており、衝突は本来、あり得ない。 鉄道の安全確保は、同じ区間に2つの列車を入れないことが基本だ。鉄道車両は非常に大きく重い上、鉄レールと鉄輪で走行するためすぐには停車できない。目視してからでは間に合わないので、信号機などで事前に通知する。 近年は無線式の信号保安装置が登場しているが、100年以上にわたり用いられてきたのが、レールと車輪で電気回路を構成し、列車の在線を検知する「軌道回路」だ。これにより、列車の後方区間に自動的に赤信号を表示できるようになった。 だが、これでは信号の見落としなど人間の注意不足で発生する事故を防げないため、赤信号を無視した場合に自動でブレーキがかかるATS(自動列車停止装置)が開発された。そして、これを発展させ、先行列車との距離に応じて連続的に速度制御を行うのがATCだ。 田園都市線のATCは軌道回路で列車を検知し、前後の間隔から計算された許容速度、カーブやポイント(転轍機)の制限速度などを運転台に5キロ刻みで表示。速度を超過した場合は自動的にブレーキが作動する。しかし、今回の事故では、回送列車が存在していたにもかかわらず、同区間に進入する各駅停車に青信号が表示されたのである。 ● 10年前の線路改修における システム設定のミスが原因 安全対策の根幹が揺らぐ事態だったが、真相はあまりにも単純なものだった。東急電鉄は7日の記者会見で、2015年3月に梶が谷駅で行った線路改修の際、連動装置の信号条件設定が不十分だったことが原因だったと発表したのである。 連動装置とは、駅や信号場でポイントを転換する前に出発したり、走行中に転換したりすると脱線してしまうため、信号とポイントを連動して制御するシステムだ。現在はATCに連動するコンピュータ制御だが、レバーとロッドを組み合わせた物理的な装置は19世紀半ばに発明されている。軌道回路より早く誕生した鉄道の安全の根幹をなす技術である。 梶が谷駅は改修以前、2番線から5番線への進路と、上り本線から3番線に入る進路を同時に構成できなかったが、線路形状を変更して解消した。ところが、なぜかその際、3番線から5番線に入る線路に列車が存在していても、上り本線から3番線に入る線路に青信号が現示される設定になってしまっていたのである。 本来は上りホームである3番線から5番線へ入る列車は1日に1本しかなく、その列車がORPで停止するのはレアケースだったため、誤設定は10年間、見過ごされてきた。今回の回送列車がもし、もっと手前で停止していたら、列車側面に正面から衝突していた可能性も否定できない。事故の芽はいつも思いもよらないところに潜んでいるのだ。 条件が漏れていた原因は調査中で、暫定対策として梶が谷駅5番線の使用を停止し、信号プログラムを改修の上、10月9日に使用再開する。また、同形状の留置線を持つ3駅を含む全駅の連動装置の安全確認を行うとともに、チェック体制の見直しを進めていくとしている。 今回の事故でATCに対する不安の声があがったが、ある意味でATCは「正常」に機能したのである。ただし、ATCは誤った設定の連動装置が発する指示通りに機能したのである。ATCは極めて安全性の高い保安装置だが、それは設計の範囲内であることが前提だ。 ATCや連動装置の設計に抜け漏れがあった場合はもちろんだが、同じくATCが導入された東横線元住吉駅では2014年2月、大雪の影響でブレーキ性能が低下したことで止まりきれず、停車中の先行列車に追突してしまった事故が起きている。 システムが完璧だったとしても、システムを作る私たちが完璧とは限らない。他社も他山の石とせず、今回の事故を教訓としてほしい。 枝久保達也  | 
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