[2025_04_30_06]小型原子炉・核融合発電「日本の投資は米中の数十分の1」(日経新聞2025年4月30日)
 
参照元
小型原子炉・核融合発電「日本の投資は米中の数十分の1」

 02:00
 技術で先んじ、事業で後れを取る──。日本の製造業は様々な分野でこうした悔しい負け方をしてきた。原子力産業も同じ轍(てつ)を踏むリスクをはらんでいる。
 カナダの最大都市トロントから車で東に約1時間、オンタリオ湖のほとりにあるダーリントン原子力発電所。ここは次世代原発の小型モジュール炉(SMR)「BWRX-300」の建設予定地だ。日立GEニュークリア・エナジーが開発に携わり、2028年に初号機の建設完成を目指す。同社の松浦正義主管技師長は「シンプルな設計で、高い安全性とコスト競争力を両立した」と語る。交流電源や人の操作がなくても数日間冷却ができ、事故のリスクを下げられる。
 既存原発の出力が100万キロワット程度なのに対し、SMRは30万キロワット以下とされる。欧米を中心に大型炉の建設遅れが頻発する中、工期が短いSMRの需要が高まった。BWRX-300にも海外の電力会社やIT企業から問い合わせが寄せられる。
 ただ商用運転に関しては、ロシアが20年5月、中国は23年12月から開始。いずれもBWRX-300と異なる方式だが、先行している。

 進まない規制整備

 日本では、原発の再稼働や既存技術の延長線上にある革新軽水炉導入の議論は進んでいるものの、既存原発と構造が大きく異なるSMRでは安全基準や規制が整備できておらず、外資と組んで知見を蓄えるしかない。
 中部電力は24年11月に、SMRを開発する米新興、ニュースケール・パワーの株式を取得。国際協力銀行など国内4社で株式の約8%を保有する。ニュースケールは米原子力規制委員会からSMRの設計認証を受けている唯一の企業だ。「設計認証があると、プロジェクト全体の工期短縮が見込める」。佐藤裕紀専務執行役員グローバル事業本部長はそう話す。SMRの引き合いの強い米国市場で先行し、「知見を得て、海外の案件や将来的な国内での稼働にも生かす」。
 国際エネルギー機関(IEA)によると、世界で導入されるSMRの発電設備容量は、30年に既存原発2基分に相当する約2ギガワットになる見込みだ。50年には少なくとも39ギガワット、世界各国が積極導入に動けば、最大で実に200ギガワットに達すると試算する。巨大市場の覇権争いは今後激化する。

 核融合でも競争本格化

 SMRと並び、国が「次世代革新炉」と位置付ける核融合発電でも、産業化に向けた課題がある。
 核融合発電では、主要燃料の重水素は海水から無尽蔵に取れ、燃料の投入を止めれば反応が自然に止まり、高レベル放射性廃棄物も出ない。そのため燃料の自給率の低さ、事故のリスク、放射性廃棄物の処分という原発の「三重苦」をクリアでき、将来、日本を支える電源として期待されている。
 日米、欧州連合(EU)、中ロなど7つの国と地域が参画し、35年の核融合運転を目指す「国際熱核融合実験炉(ITER)計画」。その鍵を握る支援研究を日本は担う。核融合反応を長時間持続させるために、欧州と07年から共同開発してきた超伝導プラズマ実験装置「JT-60SA」だ。これらの装置やそれを支える主要機器などで、日本は技術的に存在感を示してきた。
 核融合炉の主要機器を手掛けるスタートアップ、京都フュージョニアリングの小西哲之最高経営責任者(CEO)は「市場獲得競争はすでに始まっている。日本が勝つには関連装置の供給網の重要な部分を押さえる必要がある。輸出管理を徹底し、知財戦略を周到に練らなければならない」と指摘する。
 日本は資金調達面でも課題がある。商用核融合炉の開発に取り組むヘリカルフュージョン(東京・中央)の田口昂哉CEOは「中国は政府、米国は民間を中心に多額の投資がある。日本は民間、政府ともに数十分の1しかない」と語る。
 革新軽水炉やSMRについても経済協力開発機構(OECD)原子力機関のウィリアム・マグウッド事務局長は課題を指摘。2月、日本で講演し、各国の計画の遅れやコスト増加について「民間が処理できる規模のリスクではない。政府が安全網となる政策や資金を持つべきだ」と語った。官民一体の戦略を描けなければ取り残される。

 核融合産業でも敗北の危機 起業で技術継承

 京都フュージョニアリング・小西哲之CEOに聞く

 核融合産業の市場獲得競争は既に本格化している。ところが日本では、原発の新設計画が減って原子力産業が停滞し、学生など次世代の担い手が集まりづらい状況になっていた。国内原発の新設や核融合研究、ITER計画に関わった経験がある研究員が引退し始め、技術継承が難しくなっていた。
 核融合を資金や人が集まる産業にしなければ、技術を受け継ぐことができず、日本が市場競争に負けてしまうと考え、2019年に起業を決めた。経験豊富な50代以上の研究者と、やる気のある他業種出身の若手を集める。約300人の「専門家集団」を目指しており、設立から約5年で100人超になった。
 核融合炉の周辺装置・システムの開発、販売を手掛けており、世界各国から複数の受注を獲得している。また、15年以内に核融合プラントでの核融合発電成功を目指すプロジェクトにも携わる。当社の強みは、長年の研究に基づくエンジニア技術により、核融合発電に必要な燃料の循環や熱を取り出すシステムの構築で世界に先行している点だ。
 原子力関連技術の輸出には非常に手間のかかる厳格な管理が求められ、それが参入障壁となる。当社では複数の国で事業を展開しており、各国の法規制も考慮した輸出管理を徹底していることから、核融合市場での優位性につながっている。(談)

 核融合の早期実装のため日本発技術に賭ける

 ヘリカルフュージョン・田口昂哉CEOに聞く

 核融合は火力や原発といった既存の基幹電源に代わり得る「究極のエネルギー」だ。これまではITER計画を中心とする国際協調が中心だったが、技術的な習熟度の向上により競争の段階に入っている。日本政府も最近、原型炉での発電実証開始の目標を2050年代から30年代へ前倒しした。
 核融合発電には複数の種類がある。世界各国で研究開発が進められている「トカマク型」に対し、当社は日本発祥、日本育ちの技術である「ヘリカル型」炉の商用化を目指す。トカマク型は高温を出す実験装置として優れているが、核融合反応を起こすための「プラズマ」状態を長時間持続させるにはイノベーション(技術革新)が不可欠で、技術的に高い壁となっている。対するヘリカル型は、他の型に比べて実用化における高い壁がなく、実現可能性が高いと考えている。
 だが現時点では、国としてヘリカル型の発電炉を造る計画がない。核融合科学研究所の研究員だった共同創業者の宮澤(順一氏)、後藤(拓也氏)は核融合の早期社会実装にはヘリカル型の発電炉を開発する必要があると危機感を抱いて起業を検討し始めた。2人からそういった話を聞き、私も加わって21年に共同で設立した。
 ヘリカル型における主な工学的課題は3次元形状のコイル製作だが、当社は技術開発で課題解決を目指している。34年に初号機完成、40年ごろから2号機以降を展開する。受注製造、技術の特許使用料、売電収入の一部を収益としたい。
 核融合は日本のものづくりが生きる分野だ。日本はこれまで、世界最高水準の技術があっても見合う経済効果を得られないことが多かった。核融合炉を造るには日本の技術や企業が不可欠だという環境を作れれば、技術も正当に評価されるはずだ。(談)

 (日経クロステック 馬塲貴子)
 [日経ビジネス電子版 2025年3月19日付の記事を再構成]
KEY_WORD:小型原子炉_:岸田首相_次世代-原発_検討指示_: