[2017_07_20_04]準備書面(48)日本一の人口密集地に立地する東海第二原発の4層・5層をめぐる「争点」と司法判断について −国「第13準備書面」の主張を材料に− 可合弘之弁護士(東海第二原発差止訴訟2017年7月20日)
 
参照元
準備書面(48)日本一の人口密集地に立地する東海第二原発の4層・5層をめぐる「争点」と司法判断について −国「第13準備書面」の主張を材料に− 可合弘之弁護士

 04:00

平成24年(行ウ)第15号 東海第二原子力発電所運転差止等請求事件

原 告 大石光伸 外265名

被 告 国 外1名

準備書面(48)

日本一の人口密集地に立地する東海第二原発の4層・5層をめぐる「争点」と司法判断について

−国「第 13 準備書面」の主張を材料に−

2017(平成29)年7月20日

水戸地方裁判所民事第2部 御 中

原告ら訴訟代理人弁護士 河合弘之


目 次

(中略)

 第1 はじめに 深層防護を放棄する国書面と規制委員会

 1.国「第13準備書面」

 原告らの「新規制基準自体の不備・違法性」の主張(原告準備書面(23)第2の3)に対して項目ごとに反論してきた国は、原告らの準備書面(18)立地審査指針の欠落および準備書面(34)深層防護と第5層の欠落の主張を受けて、「第13準備書面」で「深層防護の考え方」さえ放棄する主張を展開するに至った。すなわち、

 1)第4層の重大事故対策があるから外部への放射能の放出はない。

 2)外部への放射能の放出はほぼないので5層における人への著しい放射線被ばくのリスクは考慮する必要はない。

 これは事実上、第5層の住民防護のための原子力災害対策は「特に必要ない」と言っているに等しく、東京電力福島第一原発事故の教訓を自覚することなく、自ら一貫していると言っていた「深層防護の考え方」を放棄し、改正原子炉等規制法および規制委員会設置法、そして原子力災害対策特別措置法、原子力災害対策指針の趣旨から著しく逸脱した主張である。
 「福島第一原発事故の教訓」とは原発事故そのものだけでなく(そもそも福島第一原発事故の検証は未だにできていない)、こうした人間の願望にもとづく思い込み、再び「こうなっているから」とか「こう書いてあるから」ということで思考停止に陥ることだったはずである。「専門技術的なことは国の裁量権に任せる」とそれを止められなかった司法の社会的責任も含まれる。
 福島第一原発事故とは社会のあり方、人間の陥りやすさがもたらした社会的事故であったことを私たちは深く考えなければならない。
 「安全への不断の努力が求められている」ということこそが規制基準を貫く根本思考であることを国のこの書面はまったく放棄している。
 こうして訴訟対応のために作られた『新規制基準の考え方』につけ加えられた§6−1「立地審査指針」を写し取って、この法廷で次のように主張した。

 3)立地審査指針要求事項Aはあくまで避難等を容易にするためのものであったので、現行法体系で敷地外の防災体制は十分に実効的であるから、「低人口地帯の設定」を維持する理由はもはや存在しない。

4)立地審査指針要求事項Bについては、福島第一発電所事故の知見を踏まえて、集団線量を目安とするよりも、長期間帰還できない地域を生じさせないことが重要と判断し、第4層で半減期の長いセシウムの「総放出量」規制をしており、要求事項Bより強化されているの「人口密集地帯から離れていること」を維持する理由はもはや存在しない。

 2.規制委員会の問い

 昨年2016年11月16日の「第44回規制委員会臨時会議」(電力事業者との懇談会)で、規制委員会の田中委員長は「規制の対象ではないが」と断った上で、日本原電の村松社長に語りかけた。
 「実際問題として、UPZまで入れて97万人、100万人近い人が同じような避難というのは本当に現実的かどうかというのは、多分、問われると思う。ここ(日本原電の提出資料)に、地域とのコミュニケーションというのが(書いて)ありますけれども、その辺はどういう状況なのかということですね。それによって、御社独自の努力というのかな、住民の安全についての、そういったものが、規制プラスアルファみたいなことも、ある意味では求められているのかもしれないという気がするのですが」
(括弧内は原告補充)。
 伴規制委員は、
 「オフサイトということを考えたときに、東海第二発電所の1つの特徴は、要は、緊急時に考えなければいけない人口規模が非常に大きいという、そういう特徴があるかと思います。」「そういう特殊な事情を考えたときに、更にもう一歩進んだ何か、事業者としての役割とか、そういったことをどう考えておられるのか、お聞かせいただけますでしょうか」

 この問いに対して日本原電村松社長は、
 「原電は東海・敦賀・東京本社という3つがあって、災害のときに地域的に離れたところからの応援がグループ全体で2,000人の社員それから東海地区には関連メーカー、研究機関が多数集積されていることが大きな特徴」という的外れな回答をした。
 伴委員は重ねて、
 「事故時にプラントをきっちりするというのは当然なのですけれども、深層防護における第5層のオフサイトのところで何ができるかを事業者としても是非考えて頂きたい」と。
(以上、甲G14号証 第44回規制委員会臨時会議議事録 2016年11月16日)
 規制委員会は法の趣旨が住民の防護にあることを忘れていない。

 3.本書面の目的

 本書面は、裁判所による「争点整理」(案)が出されてからすでに2年が経過し、より争点が鮮明になってきていることから、立地評価と規制の有効性という論点について、国「第13準備書面」を材料に第4層・第5層をめぐる原告住民らと被告らの「争点」を整理し、もって規制の限界と、当事者である日本原電(株)の不作為と欠格を浮き彫りにする。
 第3〜第4において第4層をめぐる争点について述べる。
 人口密度日本一の中に立地する東海第二原発について、第3で第4層重大事故対策の規制基準の欠落について、そして第4で東海第二原発の第4層の脆弱性と基準に対して構造的に不適格であることを主張する。
 第5〜第7において第5層をめぐる争点・論点について述べる。
 第5で、第5層敷地外の防災体制における「原子力災害対策指針」の意義と限界及び問題を、第6で国「第13準備書面」の論理の錯綜と深層防護の錯誤について、そして第7で周辺住民の人格権侵害をもたらす人口密集地の東海第二原発の住民にかかわる防災が実際的に不可能であることを主張する。
 第8で事業者である被告日本原電の姿勢について問う。
 以上を総括して第9において、第5層が許可要件でないことは、原発をコントロールすることの困難さに由来する法的規制の限界を意味し、では地域社会が判断する制度も権限もない状態の中では司法判断が求められていることを述べる。

 第2 人口密度日本一の中に立地する東海第二原発

 まず争いのない前提的事実について。PAZ5km圏内においてもUPZ30km圏内においても、いずれも東海第二原発周辺の人口密度は日本一である。そして150km圏内には首都が入り、圏内人口は約3,500万人をバックグラウンドとする。

[図1]5km圏内(PAZ)人口
[図2]30km圏内(PAZ)人口
[図3]東海第二原発(30km圏内に94万人)

 第3 規制基準(第4層重大事故対策)はどの程度完全なのか

 国は「第4層の重大事故対策があるから外部への放射能の放出はない」とする。第4層重大事故対策はそれほど万全なのか。
 東京電力福島第一原発事故を教訓に規制基準に盛り込まれたのがこの第4層重大事故対策(シビアアクシデント対策)である。重大事故に至るおそれのある事故、重大事故、特定重大事故、大規模損壊に対する対策の有効性評価を行うこととしている。
 原告らは「準備書面(10)」および「準備書面(34)」で第4層にかかわり、BWR格納容器が小さいことから圧力逃しのためにベントによる放出をすることを前提としていること、重大事故シーケンスを限定していること、共通要因故障を引き起こす自然現象の不確かさ、重大事故対処設備の基準地震動・基準津波での共倒れの危険性、大規模な自然災害による原発の損壊(大規模損壊)について規制基準は何ら具体的事態の想定の規定がなく、何かわからないがとにかく「保全活動ができる体制の整備」しかないこと等、多重防護における第4層に欠陥がある以上5層目の対策は原発の設置許可要件としてさらに強く求められる旨を主張した。
 原告らの第4層の不確かさと不備、ならびに第5層の許可要件からの欠落の主張に対する反論として提出されたのが国「第13準備書面」であった。

 1.「最新の科学的知見を踏まえた有効性評価」について

 国「第13準備書面」では、対策の有効性評価には「最新の科学的知見を踏まえた確率論的リスク評価(PRA)の手法を用いることで、具体的な事故進展を検討している」などと主張している。
 しかし、規制委員会更田委員長代理は「我々はPRA(確率論的リスク評価)分野では米国に対して30年遅れている」ことを率直に認め、「日本では、地震と津波が主な起因事象であるが、実施されてきたのは内的事象PRAに留まり、IPEEE(外的事象評価)は未実施である。このようにわが国では、最も必要とされている外的事象に対するPRAが育まれてこなかった」と述べている(甲G15号証「確率論的リスク評価日米ラウンドテーブルについて」P7 2014年2月20日)。
 このような水準で、なおかつ自然現象に対するPRA自身が持つ不確実性と不完全性という限界を踏まえるならば「最新の科学的知見(PRA)で対策の有効性を評価しているから外部への放射性物質の放出はほぼない。そのため人への著しい放射線被ばくのリスクを与えることについて考慮する必要はない」とは言えない。

 2.「安全目標」と「放出量規制」の実機適合性について

 国は「第13準備書面」において、立地審査指針要求事項B「人口密集地帯から離れていること」が「もはや必要ない」理由に、「放射線リスクの社会的影響に対する評価は、長期間にわたって帰還できない地域を生じさせないことが重要」と判断し、「炉心損傷防止等有効性評価ガイドで想定する格納容器破損モードに対してセシウム137の放出量が100テラベクレルを下回っていることを確認している」ことを挙げている。
 しかし、この「放出量規制」は個々の重大事故シーケンスの結果を評価しているだけであって、現在の審査ではセシウム137の放出量が100テラベクレルを超えるような事故の発生頻度については審査されていない。
 この事情を規制委員長代理の更田氏は、「福島事故を受け、オフサイトへの環境影響に関する目標(セシウム137の放出量が100テラベクレルを超える事故の発生頻度は10-6/炉・年未満)を定めた。しかしこれは個別プラントの安全性を直接的に判断するものではなく、現時点では規制の妥当性を判断するために用いられている。今後、NRAのバックフィット規則に従って、全てのプラントに適用されるべきと考える。NRAは今後も継続的安全性向上に向けた安全目標について議論を続けていく。」旨の発言をしている。(前掲 甲G15号証 P7)
 個別プラントの審査において、「放出量100テラベクレルを超える事故の発生頻度」について評価すべきであり、現時点で規制基準の第4層重大事故対策の安全対策が完全であるとは言えない。

 3.「複数基立地」および「原子力施設密集地」の評価基準の不備

 「立地」周辺にかかわり、規制基準は次の点に不備がある。
 「設置許可基準規則」の第六条(外部からの衝撃による損傷の防止)の3項では「安全施設は、工場等内またはその周辺において想定される発電用原子炉施設の安全性を損なわせる原因となるおそれがある事象であって人為によるものに対して安全機能を損なわないものでなければならない」とし、その事象は「敷地及び敷地周辺の状況をもとに選択されるものであり、飛来物(航空機落下等)、ダムの崩壊、爆発、近隣工場等の火災、有毒ガス、船舶の衝突または電磁的障害等をいう」(規則の解釈第6条8)とされている。
 東京電力福島第一原発事故を教訓とするならば、敷地内複数立地ならびに周辺の原子力関係施設による「工場等内またはその周辺において想定される発電用原子炉施設の安全性を損なわせる原因となるおそれがある事象」に対する要求事項は基準として明確になっていなければならない。
 しかるに、「複数機立地」等について田中規制委員長は「それについて、いずれきちっと議論しなければいけない時が来るとは思いますけれども、今の段階ではまだそこまでは議論をしていません。今は既存の原子炉の審査をしているということですので、当然、今の審査の中では、インプリシッドには、複数基があるということも前提とした、いろいろな審査をしているということです。ですから、3基なり2基なりあれば、それに対して、同時に被災が起こった時に、それに対処できますか、それだけの備えがありますかということについては、審査の過程で随分議論されていると私は承知しています。」(甲G16号証 原子力規制委員会記者会見録 2014年3月5日)と述べている。
 東海第二原発周辺のような特別な「原子力施設密集地域」では同時災害のリスクと相互影響の評価・対策が規制基準として明確になっていなければならないところ、現在の基準では要求事項になっていない。「インプリシッド」(暗黙)であったならば、早急に「エクスプリシッド」(明確)に基準に盛り込んで審査対象とし、評価されたリスクの程度によって「規則」第37条「重大事故等の拡大防止等」(b)「個別プラント評価により抽出した事故シーケンスグループ」として追加されなければならない。規制基準は、こうした複数基立地、周辺原子力施設の影響評価についての基準が不備であり、外部事象の網羅性に不足がある以上、国が言うように「第4層の重大事故対策があるから万全である」とは言えない。
 東海第二原発にかかわる第4層の審査については次の第4で、同時災害における避難等の困難さについては第7で述べるが、このうち隣接する東海再処理施設との相互影響については準備書面(49)で主張する。

 4.小括

 以上、第4層までの規制基準に不備があり、対象とする現象には不確かさが大きく「第4層の重大事故対策があるから外部への放射能の放出はない」などと言い切れるものではない。

 第4 東海第二原発の第4層までの対策は万全なのか

 1.東海第二原発の構造的弱点

 では、東海第二原発の第4層までの対策は万全なのか?
 以下、東海第二原発「固有の立地」と「設計の古さ」から来る構造的弱点について主張する。
 行政上の審査の過誤・欠落もあるが、民事上もPRA(確率論的影響評価)を含むリスク評価と安全対策は本来事業者自らが積極的に実施し、規制当局に対する以上に住民に対してのリスク説明責任を果たすことにある。
 規制委員会での審査会合において東海第二原発の弱点は「津波」と「火災」と指摘されてきた。

 (1)津波と立地

 (1)−1 津波による炉心損傷確率が高い

 津波については、東海第二発電所はそもそも設計段階では津波の想定は3.2mで1971年に申請、翌年設置許可されて海岸線の久慈川河口に形成された沖積層の平坦地海抜8mに建設された(1978年)。外部電源を受け入れるポイントである「開閉所」も海抜8mに設置されている。
 日本海溝沿いの原発では、1966年に建設された東京電力福島第一1号機でさえ3.1mの津波想定に対して海抜12mの敷地に建設されている。1970年建設の東北電力女川1号機でも最大3mの津波想定に、地震後の地盤沈下1mをも考慮して海抜14.8mに建設されているのに、1978年建設の東海第二原発はその設計時に津波が十分考慮されず沿岸最低の海抜8mの地に建てられた。今さら敷地をかさ上げできない立地選定、設計の宿命をリスクとして背負っている。
 かくして、新規制基準における基準津波要求によって20mの防潮堤を作らざるを得なくなった。これも自らの立地の脆弱性による。
 規制委員会委員長代理の更田氏は「基準津波17.2mに対して防潮堤が20mで裕度があるのにもかかわらず津波PRA炉心損傷頻度が3.5E-5はかなり高い」(2016年4月審査会合)。「平たんで海岸線に近いサイトなので津波に対しては災いする。防潮堤では限界」「だからなお越えてくる津波の対策が審査会合のポイント」(2016年8月23日東海第二現地調査にて)と述べた。
 東海第二原発の第4層重大事故対策の審査では規制基準によってかろうじて津波PRAの実施が要求された結果、20mの防潮堤を設置してもなお炉心損傷頻度が高いことが判明し、東海第二原発に対しては第4層重大事故シーケンスに敷地を遡上する津波が追加されることとなり、最終ヒートシンクの確保が課題となった。
 安全対策のコストをかけたくない日本原電は「可搬型設備で対応する」と抵抗したものの、規制委員会はそれを認めず最終ヒートシンクとして常設の海水プールを建屋に隣接させて設置するに至った。
 この津波PRAにおいては確かに東海第二原発の弱点が抽出され対策の有効性が議論され、その対策は強化されたかに見える。
 しかし、原告準備書面(47)で紹介した通り、規制委員会で言われた「遡上する津波によって何が起きるかまったく予測ができない」という不確かさは消えたわけではなく、常設の最終ヒートシンク用海水プール設備であっても、地震と遡上する津波の重畳でその常設設備に何が起きるか人知は及んでいない。
 なおも何が起きるかわからないリスクが存在している以上、常設設備があるから万全ということは言えない。

 (1)−2 電源盤、非常用ディーゼル発電機は福島第一と同様地階に配置

 東京電力福島第一原発が非常用電源を失った直接の原因は、津波による浸水で地階に設置されていた電源盤や非常用ディーゼル発電機が機能喪失したことである。

[図4 東海第二の安全設備の配置]

 1972年に設置許可された日本原電東海第二原発(BWR5型)の電源盤(M/C:メタクラ=高圧電源盤、P/C:パワーセンター=低圧電源盤)や非常用ディーゼル発電機(DG)も地階にある(図4左:甲G17号証「設置変更許可申請書」添付資料8-11-5 P1、図4右:甲G18号証「東北地方太平洋沖地震発生後の東海第二発電所の状況について」P26主要機器設置レベル(概念図)いずれも日本原電 赤枠・青枠は原告)。
 他方、同じ日本原電が日本で初めてBWR型原子炉(BWR2型)を導入し、1966年に設置許可された敦賀1号機はアメリカでの設計そのままに非常用ディーゼル発電機はタービン建屋の1階に、モータコントロールセンター(MCC)も1階に、電源室(スイッチギア室)は2階に、バッテリー室も2階に配置されている。
 表1はBWR(沸騰水型原子炉)の設置許可年月順に炉型および格納容器型式、原子炉建屋の構成、そして非常用ディーゼル発電機(DG)の設置階をまとめたものである。
 2番目の東京電力福島第一1号機(BWR3型)以降、地階に配置されるようになった(中部電力の浜岡原発を除く)。

[表1]表1 BWRの炉型・格納容器型式による非常用DG配置の変遷
    (電気事業連の表を原告が補充して改変)

 最近の原発の多くは非常用ディーゼル発電機を地上階に配置している。
 なぜ2番目のBWRである東京電力福島第一1号機から安全系の電源盤や非常用ディーゼル発電機が「地階」に設置されることになったかの事情を電気事業連は次のように説明している(甲G19号証「国内BWRプラントの非常用電源設備の配置について」電気事業連合会)。
 「導入当初は米国BWRを原型として米国プラント配置を踏襲した設計がなされた」が「地震に対する設計が米国と比較して厳しい条件となるため、・・・工学的安全施設の電源となる非常用DGについても岩着した構造物に設置し、また非常用DGが重量物であることと振動対策のために地下階の基礎上(最地下)に設置する方針とした」。「後続で建設されたサイト(柏崎刈羽)では岩盤レベルが深いため原子炉建屋を深く埋め込む必要が生じ、DGを整地面レベルに設置し、振動対策は建屋構造にて対処する配置が採用された」「ABWRプラントでもこの考え方が踏襲され、地上1階に非常用DGを設置することが標準的な配置となった」。
 後続サイトが津波浸水対策を目的に非常用ディーゼル発電機を地上1階に配置する判断をしたわけではないが、東京電力福島第一原発事故の津波浸水を経験したのちは、その位置が耐津波にとって重要になったと言える。
 この点で東海第二原発は津波に対して安全系設備の構造的弱点がある。日本原電は津波による浸水対策として「水密扉」を対策した。しかし基準津波が17.2mとなり、さらに防潮堤を越えて30mの越流津波が敷地を遡上することへの対策が求められたことで、防潮堤内に越流して敷地は数メートルの海水が溜まるプールのようになることが想定される。その水圧で水密扉が耐えられるか、あるいはそれ以外の損傷箇所から建屋内に浸水することが考えられ、いずれにせよ地階に安全施設が設置されたままの古い配置の東海第二原発は構造的弱点がある。

 (2)火災と安全設備の配置

 (2)−1 難燃ケーブルであること

 東海第二原発はそもそもケーブルが難燃性でない。
 準備書面(50)で主張するが、原発には難燃性ケーブルを用いることという規格基準ができたのが1980年であり、東海第二原発が設計された時にはそのような規格要求がなかった。
 第1層の設計基準におけるケーブル素材の品質に火災防護設計が欠落しており、それは第4層重大事故にまで発展するリスクを内包している。
 ところが日本原電は「工事が難しく難燃性ケーブルへの取り替えが困難」として、「ケーブルの難燃性」を「ケーブルトレーとしての難燃性」に置き換えてしまい、規制委員会では「我々(規制委)を誘導するつもりか」「いったい審査基準のどこにあてはまるのか説明せよ」と言われる始末であった。全長1,400kmに及び原子炉内を縦横につながっているケーブルはどこが発火点であれ火災が発生すればケーブルが延焼素材となり建屋全体に火災が広がる。非難燃性ケーブルがわずかでも残ることは決定的リスクとなる。
 基準規則および火災防護審査基準では「ケーブルは難燃性ケーブルであること」と明記されており、解釈や裁量の余地はない。延焼性のあるケーブルがわずかでもあれば、それは火災防護基準に適合せず不合格である。解釈や裁量の余地がないものを規制委員会は認められる訳がない。もしこれを認めるならば審査過程における重大な過失となる。

 (2)−2 設計上の分散配置

 火災防護においてはさらに系統分離と分散配置が構造上の要件となる。非常用電源設備の配置においても、古い設計の東海第二原発は決定的にリスクが高いことが知られている。当時の設計においては「分散配置」という設計思想がなかったことを示す端的な例を以下に示す。
 安全設備(非常用電源設備)の配置を見比べる。左の図5が東海第二原発の原子炉建屋地階の平面図である(前掲甲G17号証)。右の図6はそれ以後の原子炉建屋の設計モデルである(前掲甲G18号証)。
 東海第二原発のメタクラ(M/C:高圧電源盤)とパワーセンター(P/C:低圧電源盤)が設置されている「電源室」(スイッチギア室)(赤枠)は一室に集中している。「非常用ディーゼル室」(青枠)も3部屋が連続して配置されている。いずれも同一階(地階)である。

[図5] 東海第二の安全設備の配置

[図6] 後続のBWRでの安全設備の配置

 「分散配置」という設計思想が生まれてのちの後続のBWRは電源室(M/C、P/C)も系統ごとに3つの部屋に分散されて配置されて階も違えて配置されている。また非常用ディーゼル発電室も地上階に分散配置されている。東海第二原発設計当時はこうした分散配置の設計思想がなかったものと思われる。
 一室内に安全系の3系統がすべて集中している「電源室」で火災が発生すれば電源系統が同時損傷し、重大事故に至ることを意味する。
 ひとつの電源室の中で「火災防護審査基準」2.3.1の延焼防止設計を満たすためにA系・B系・HPCS系の3系統の電源盤の系統分離を行うには、3時間以上の耐火能力を有する隔壁で部屋を3つに分割する方法しかないと考えられるが(系列間水平距離6m以上の隔離+火災感知器・自動消火設備は区画の面積からして無理と思われる)、各電源盤スイッチギアの基礎工事から再配線まで極めて困難で、それが可能とは考えられない。
 また非常用ディーゼル発電機の3つの区画も隣接していることからある発電区画から火災があれば別の発電区画に入れなくなる危険性もある。これらの点で火災防護において初期設計(配置)が大きな困難になっている。

 (2)−2 火災PRA

 火災リスクは炉心損傷の重要な因子である。
 脆弱性が大きい東海第二原発においては「内部火災影響評価ガイド」付属書にもとづく火災スクリーニングと影響を、ハザード評価・フラジリティー評価・火災シナリオのシーケンス評価を行った上で、早急に「火災PRA」を実施して弱点を抽出し、プラント固有の重大事故シーケンスに追加すべきである。
 これらPRAは規制当局のためにやるものではなく、自身のプラントの潜在リスクとその対策、対策の限界を住民に明らかにするために自発的に行われるべきものである。その意味でも、規制当局に提出するのと同時に住民および住民らが原告となって司法判断を求めているこの法廷に提出し、司法判断の材料とされなければならない。

 (3)地震に対する安全代(しろ)

 東海第二原発が建設された1978年「当時は基準地震動の考え方」はなく、日本原電は「設計用」として「180ガル」に耐えられるように設計したとしている。茨城県の資料では、設計用180ガルに加えて「安全余裕検討用」として「270ガル」が記されている(茨城県「東海第二発電所の基準地震動の変遷」)。
 審査では備えなければならない「基準地震動」は「1,009ガル」とされた。
 いったい、耐震設計基準のなかった時代に設計・建設された原子炉建屋や機器・設備が、設計時に設定した耐震性の4〜5倍の揺れに耐えられるかどうか極めて疑わしい。安全代(しろ)がなくなっていることにつき、準備書面(51)で主張する。

 (4)核関連施設の密集地における同時災害の審査

 規制委員会更田委員長代理は、緊急時活動レベルEALの見直し対応に係る会合で、東海地区を「原子力のデパートのような地域」と称した。東海地区は核関連施設が集合し、1997年の旧動燃(現核燃料サイクル開発機構)再処理施設でのアスファルト固化ドラム缶火災爆発事故、1999年のJCO臨界事故、2013年JPARC放射能漏れ事故、そして今年の原子力研究開発機構の大洗研究開発センターでの被ばくと、大きな事故が続いてきた。
 東海第二原発周辺には19に及ぶ核関連施設がある。これらの施設は個々に新しい規制基準の適合性が求められているが、どこにどんな潜在的危険性が潜んでいるのか網羅的で総合的な「集合的地域リスク評価」は行われていない。地震・津波などの自然災害は同時に核関連施設を襲い、複数施設が同時に重大事故に至るリスクがある。
 とりわけ東海第二原発から南に2.8kmにある東海再処理工場は、かつて旧動燃時代のドラム缶発熱火災爆発事故があり、その管理はずさんと言われる。東日本大震災では地盤の液状化で建物も損傷した。
 老朽化のため8,000億円と70年という年月をかけて廃炉措置が決まったものの、残っている高レベル廃液を10年〜20年かけてガラス固化処理作業が続くことになっているが廃炉措置中の安全対策はすすんでいない。東海第二原発よりさらに低い海抜6mの河口に立地し、その間に地震・津波に見舞われれば、同時災害の可能性が高く、相互の収束作業に影響し悪循環のスパイラルに陥るのは必至である。第3の3で触れた通り東海第二原発の外部事象影響評価として評価されるべきである。これについては準備書面(49)で詳細に主張する。

 (5)電源系の古い設計の脆弱性

 この法廷で明らかになった「スクラムすると保護系母線を遮断され原子炉水位が記録されなくなる」点は、対策ないし改善されるどころか、日本原電は「設計通りである」とする。
 スクラムしなければならない事態の直後の原子炉水位、しかも燃料棒に近い「広帯域」の水位が測れなくなるのが当たり前の「設計」で、その接続切り替えは手動で1時間以上かかるのが設計上の手順だというのは常識では考えられない。米国GE社(ジェネラル・エレクトリック社)の設計なのかもしれないが、被告日本原電は改善を示していない。

 (6)機器トラブル日本一

 すでに準備書面(41)で主張した通り、過去の履歴からして東海第二発電所は報告義務のあるトラブルが日本一多いプラントである。このことは日本原電の管理能力や機器の老朽化以上に設計上の古さを含む構造的問題を内包していることを示している。何故こんなにトラブルが多いのか日本原電からはいまだ何の釈明もない。

 2.安全対策を渋る日本原電

  〜日本一の人口密度の中で求められる安全対策のレベル

 冒頭紹介した昨年11月の臨時規制委員会で田中委員長は村松社長に重ねて次のように述べた。
 「要するに、避難というような、住民が緊急時の行動を起こすということは、いろいろな問題を引き起こしますので、福島の経験、ご存じのとおりですから、そういう事態をできるだけ押さえ込めるというくらいの、事業者は相当明確な自信を持って、その上でなおかつ避難という準備はするということで、避難がいかにできるかというのは二次的なものだと思うぐらい、それくらいしっかり安全対策に取り組むことが大事で、それをいかに地元の方に理解していただくかということが、私は100万人近いし、水戸の県庁まで入るような状況の中では、そういう取り組みがとりわけ求められているのではないか」(前掲 甲G14号証P15)
 安全対策への日本原電の後ろ向きな姿勢に対する発言である。委員長の問いかけに村松社長は「ありがとうございます」としか答えなかった。審査会合はすでに見たように、安全対策にコストをかけたくない日本原電と最低の規制基準を守らせようとする規制委員会とのせめぎ合いの形相である。
 審査に直接当たっている更田委員長代理は同日の会合で、
 「社員それぞれの方の意識というのはもちろん大事だけれども、今、ここに来ておられるのはトップであって、ですから、起こるかもしれない、言いかえると、無駄に終わるかもしれない投資を行うことは、トップマネジメントにとって勇気のいることであるけれども、起こるかどうかよくわからない、でも起こるかもしれない脅威に対してどう備えていくかというのは、大きな潜在的な危険性を持ったものをマネージする企業にとって非常に重要なことで、安全文化の一番神髄のところであろうと思うのです。ですから・・・」(前掲 甲G14号証P23)
 と、重大事故対処設備やケーブル取り替えの投資を渋る日本原電に迫った。
 これらは、「もつて国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全・・・に資することを目的とする」という原子炉等規制法の目的に反すると同時に、同第14条の重大事故の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力があること、その事業を適確に遂行するに足りる経理的基礎があることに違反する。
 当初日本原電は安全対策に防潮堤、フィルタ・ベント装置、可搬型安全設備などの安全対策に780億円を予定し、すでに350億円を使ったと説明している(住民説明会)。しかし審査の過程で追加要求された敷地に遡上する津波に備えた常設海水取水プール、難燃性ケーブルへの引き替え、防潮堤設計変更に伴う地盤改良工事等、最低限の要求事項である規制基準を満たすためだけでも1,200億円を超える投資が必要となってきている。
 その経理的基礎があるのかについては次回期日で問う予定である。

 3.小括

 「原子力の国策民営化」の政治決着として日本初の商用原子炉の導入を急ぐために土地買収の必要のない東海村の国有林が選ばれた。原子炉建設に適切かどうかの「立地」調査・評価をした上で選定された敷地ではない。そのような敷地選定だったから、岩盤が深いことが判明し、建屋の下を5m掘り下げ、その下にセメントで厚さ8mもの「人口岩盤」を作らなければならなかったこと(原子炉建造物が岩盤に支持されておらず、軟弱地盤の上に浮いたセメントボードの上に立つ原子炉)は、はじめから適切地とは言えず、構造設計上も本来欠格だったはずである。
 そのことひとつとってみても、今になって津波への対策として防潮壁をつくろうとしても支持杭が岩盤まで届かないという「立地」上の困難に直面している。
 そして古い設計の構造的弱点を持つ東海第二原発に新基準をバックフィットさせようとするならば多く構造設計からやり直さなければならない。
 こうした「立地上の条件」と「古い設計」はいかんともし難いボトルネックであり、新規制基準への適合は前提条件として困難である。被告日本原電は東海第二原発の運転をしてはならない。
 東海第二原発において「第4層の重大事故対策の有効性評価をしているから外部への放射能の放出はない」と国が言うことは担保されていない。
 現状の有効性評価では過誤、欠落は免れず、再び「周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがある」(伊方最高裁判決ほか)ことから設置(変更)許可は許されない。

 第5 現行法体系で敷地外の防災体制は十分に実効的か

 原告らは2012年7月「訴状」で当時の防災指針検討ワーキンググループ「中間とりまとめ」に拠り、シビアアクシデントの事故シーケンスごとの燃料溶融開始時間、環境放出開始時間から日本一人口密度の高い地域に立地する東海第二原発で重大事故あるとき住民の避難は困難で、防災体制は機能しないことを主張した。
 また規制委員会による「原子力災害対策指針」(原子力災害対特別措置法第一章の二)の改訂が重ねられる途中の2014年9月「準備書面(16)」で避難計画の困難さと同時に、そもそも「避難行為は,原発から降りかかる放射性物質による被ばくを避けるために行われるものであるが,後述するように被ばくを避けるための迅速な避難は不可能である。そのため住民は被ばくを避けることができず,住民らはその生命、身体に重大な健康被害を受けることになる。また,避難はそれまでの日常生活が突然断ち切られて生活の本拠を強制的に移動させられるもので,経済的にも,肉体的精神的にも大きな負担を伴う行為であり,それが強制的に行わされること自体,人格的に充実した生活を送るための基本的生活利益を侵害するという点で重大な人格権侵害というべきである。」また「避難生活は人格権侵害の重大性がいっそう加わり」、「そもそも避難計画が策定されていれば原発の稼働を認めてもいいのかという根本的で根源的な疑問」を主張した。また離隔要件を柱とする立地審査指針についても問うた。
 その後、全面改訂を繰り返していた「原子力災害対策指針」がほぼ固まり、そして国「第13準備書面」で「現行法体系で敷地外の防災体制は十分に実効的」であることから「低人口地帯であること」も「人口密集地からも離れていること」も「もはや必要ない」という主張に至った。
 こうした経緯から、以下第5層の防災について主張を補充する。

 1.「原子力災害対策指針」の意義と限界

 国は、「現行法体系で敷地外防災体制は十分実効的」と断定しているがそのように安易に断言できるようなものではない。
 東京電力福島第一原発事故を受けて原子力災害対策特別措置法第6条の2(第一章の二)「原子力災害対策指針」は、防災指針検討ワーキンググループを引き継いだ規制委員会の手で大きく変わることになった。
 規制委員会は2012年秋から委員会トップで「原子力災害対策指針に関するブレインストーミング」を集中的に行い、2012年10月には「原子力災害対策指針」を策定した。しかし、2017年3月までに全部改訂が5回にわたって行われている。
 IAEAの国際基準である安全要件・安全指針を参照しつつも、東京電力福島第一原発事故時のリアルな経験と問題を検証しながら防災対策指針を策定している。
 確かに規制委員会は、これまで「事故は起きない」という安全神話の下でまったく考えることを放棄されていた第5層の原子力災害の防災について国際的な防護基準をわが国にどのように適用できるかを集中的に検討し、東京電力福島第一原発事故の経験を踏まえて「合理的かつ現実的な判断」をもって防護措置について短期間によくとりまとめたと言える。
 しかし、再検討が繰り返され、全部改訂が5回も行われて紆余曲折するのは原子力災害に対する現実的な(実効的な)防護の難しさと苦渋を物語っている。
 基本的方針と改訂の主なものは、

 1.防護措置実施判断基準(OIL:運用上の介入レベル)の導出をIAEA「包括的判断基準」(健康影響の基準となる数値)から導こうとしたが、避難基準を「外部被ばく」線量率から設定しようとするわが国の基準のために断念した。また代表的な事故想定や住民の生活習慣等の要因をすべて検証した上でのOILの導出は時間がないので困難とした。代わりに東京電力福島第一原発事故後の経験・教訓から当面のOILを導くこととしたことから、防護措置を実施する基準となる初期設定値はIAEAのOIL初期値より厳しいものになっている。

 2.放射性プルーム通過による被ばくに対しては環境モニタリングでプルーム到来を検知して防護措置を実施してもすでに手遅れのため十分な防護効果はできないと判断し、PAZ・UPZ内でもOILの初期設定値からプルームの一時的影響によるピークを対象外とした。

 3.東京電力福島第一原発事故の教訓を踏まえてせっかくわが国独自に30Km圏外に「PPA」(プルーム通過時の被ばくを避けるための防護措置を実施する地域)を設定したものの、上記2から断念し、結局指針から削除した。

 4.SPEEDIなどの予測手法に頼った防護措置は無理なので採用しない。放出後の気象条件等の自然条件の考慮は予測困難のため放棄。モニタリングポストでの実測によって判断することとなった。

 当初「指針」に明記され、その後放棄された事項の主なものは次の項目である。

 「第2 原子力災害事前対策(3)原子力災害対策重点区域
(ハ)プルーム通過時の被ばくを避けるための防護措置を実施する地域(PPA)の検討
 UPZ外においても、プルーム通過時には放射性ヨウ素の吸入による甲状腺被ばく等の影響もあることが想定される。つまり、UPZの目安である30kmの範囲外であっても、その周辺を中心に防護措置が必要となる場合がある。プルーム通過時の防護措置としては、放射性物質の吸引等を避けるための屋内退避や安定ヨウ素剤の服用など、状況に応じた追加の防護措置を講じる必要が生じる場合もある。また、プルームについては、空間放射線量率の測定だけでは通過時しか把握できず、その到達以前に防護措置を講じることは困難である。このため、放射性物質が放出される前に原子力施設の状況に応じて、UPZ外においても防護措置の実施の準備が必要となる場合がある。以上を踏まえて、PPAの具体的な範囲及び必要とされる防護措置の実施の判断の考え方については、今後、原子力規制委員会において、国際的議論の経過を踏まえつつ検討し、本指針に記載する。」

 「第3 緊急事態応急対策(2)異常事態の把握及び緊急事態応急対策
 国は、例えば緊急時モニタリングによって得られた空間放射線量率等の値に基づくSPEEDIのような大気中拡散シミュレーションを活用した逆推定の手法等により、可能な範囲で放射性物質の放出状況の推定を行う。また、原子力事故の拡大を抑えるために講じられる措置のうち、周辺環境に影響を与えるような大気中への放射性物質の放出を伴うものを実施する際には、気象予測や大気中拡散予測の結果を住民等の避難の参考情報とする。」
 いずれも最終的に破棄され、指針から削除された。
 要するに、いったん放出されてしまった放射能に対しては人間の手に負えるものではなく、どの程度放出されてしまうかも、それがどこに及ぶかも人為で予測したりすることはできないから、住民はもう予防的にも「とにかく逃げて回避する」か「閉じこもって被ばくを減らす」ことしか放射線防護はないことを端的に物語っている。

 2.指針は4層安全対策に依存せず「早期大量放出」も想定する

 被告国は「第13準備書面」で「外部への放射能の放出はほぼないので5層における人への著しい放射線被ばくのリスクは考慮する必要はない」などと言う。
 しかし、「原子力防災指針」は深層防護の考えにもとづいて第4層までの対策に依存せず、当然にも早期大量放出も想定しており、5Km圏PAZの予防的避難や30km圏UPZの屋内退避は被ばくによる「確定的影響の回避」および「確率的影響の低減」を「合理的に達成する」ための指針として示されていることは明らかである。
 規制委員会の更田委員長代理は、プルーム通過の予測困難性に言及し、これを「予測できたらいい」というような願望で住民の生命・健康についての対応をすること、SPEEDIなどの予測手法への期待・願望に対して強い口調で次のように述べた。
 「これは繰り返し何度も申し上げていますけれども、防護措置上の判断を予測手法に頼ろうとすると。もちろん、これはそういうことができればいいという願望なのだろうと思いますけれども、願望を事実であるかのように信じ込ませようとするのを「安全神話」と呼んでいて、これはもう安全神話に過ぎなくて、長年、我が国は世界的に極めて異例な、ガラパゴス的防災対策を採ってきたために、その安全神話が広がり過ぎてしまっている部分がありますけれども、UPZやUPZ外に影響が及ぶような事故において、どういった放射性物質がどれだけ、いつ、放出されることを事前に知ることができるなどというのは、これは完全に安全神話に過ぎない。当然、願望としてはあり得るでしょうけれども、その願望に基づいて、住民の方の健康に関わるような判断をするというのは極めて危険です。あり得ないと思っています。ですので、それであるとか、あるいは、ある方位だけ防護措置を執ればいいという判断ができると考えることも極めて危険です。もちろん、願望としてはあり得ると思います。モニタリングの範囲を狭めることができるかもしれない。それだけ防護措置を打つ範囲を小さくすることができるかもしれない。しかし、これは願望に過ぎなくて、この願望に頼って防災上の防護措置を実施するような、こんな危険なことがあっては断じてならないと考えています。」(甲G20号証 平成27年度第4回規制委員会議事録 2015年4月22日)
 国が「第13準備書面」で言う「第4層の重大事故対策があるから外部への放射能の放出はほぼないので5層における人への著しい放射線被ばくのリスクは考慮する必要はない」などという主張と整合しない。

 3.高線量率の短寿命核種による被ばく防護を放棄

 「格納容器」は、たとえ圧力容器が破損して放射性物質が漏れても外部に逃さないよう「閉じ込める」のがもともとの設計だったはずなのに、今やBWRの格納容器は小さいので圧力に耐えられない時には破裂を防ぐために外に「ベント」するということになった。
 これ自身が設計から逸脱するものであるが、そこでヨウ素を除去するフィルタをつけてベントするから「人への著しい放射線被ばくのリスクは考慮する必要はない」と国は主張する。しかし希ガスはフィルタでは除去できないのでそのまま放出される。
 第5層は第4層に依存しないので、当然のごとくフィルタ・ベント装置が破損して全放出されることも、そもそも格納容器の破損や爆発による全放出も想定しなければならない。
 第5層対策の最も大きな欠陥は、防護措置の実施を判断する基準(運用上の介入レベル)であるOIL1(緊急避難措置を判断する基準)およびOIL2(1週間中に一時移転を判断する基準)の初期設定値は確かに低い水準(OIL1=500μSv/h、OIL2=20μSv/h)になっているが、いずれも「1時間値」であり、緊急時モニタリングによってこの値がずっと1時間継続していることが防護措置の実施を判断する要件となっていて、プルームによる一時的な高線量のピークは除外されていることにある。
 このようなOILは、飯館村(福島第一原発から39km)の住民を1ヶ月以上も20μSv/h以上のところに放置した教訓から導出されたものとされる。
 しかし、放出直後は燃料棒の中に溜まっていた揮発性ガス=希ガス(キセノン133:半減期5.25日、ウラン235の崩壊によって生まれる核種)がヨウ素(半減期8日)やセシウムと共にプルームの塊となって周辺住民を襲う。
 崩壊が早いかわりに線量率の高い短寿命核種の希ガスや放射性ヨウ素のプルームに曝される。呼吸による吸入内部被ばくも、空気さえ電離するスカイシャイン、クラウドシャインからの外部被ばくも極めて高線量率である。その範囲は30Km圏内などとはあらかじめわからない。
 このOIL1および2はこのプルームによる高線量率のピークは無視して、地上への沈着によって1時間以上その線量率が続くようであれば防護措置(緊急避難や1週間中の一時移転)の実施を判断せよというものである。
 プルーム中の圧倒的な割合を占める短寿命核種は短時間の崩壊により大量の放射線を放出する。呼吸を止めている人はいないので呼吸によるプルーム吸入被ばく量は、短期間ではあるが食品摂取(OIL6)での経口摂取の被ばくより大きい。
 ちなみに東京電力福島第一原発事故で2011年3月中に放出された希ガスは11,000PBq(ピコベクレル:1015Bq)と推定されている。チェルノブイリ事故での希ガス放出量は6,500PBqで、チェルノブイリ事故の2倍近い希ガスが放出されている(以上、原子力安全・保安院「東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故に係る1号機、2号機及び3号機の炉心の状態に関する評価について」2011年6月6日発表)。
 高濃度の希ガスを含む放出直後のプルームの「通過」は見過ごして、雨や雪で地上に「沈着」して地上1mの線量率が500μSv/h、20μSv/hを1時間以上継続的に観測されるようであれば、おもむろに防護措置の実施を判断する。こんな悠長な防護の指針である。
 これは、更田氏も言う通り、放出されたプルームには為す術がないので、全面緊急事態(GE)となったらもう5Km圏内の住民はとにかく予防的に逃げること、30Km圏内の住民は一斉に避難すると避難中にプルームに当たる危険があるから屋内退避しておくのが最適化だというものである。規制委員会は希ガスの被ばくリスクを十分承知しており、検討を尽くしてこうなっているので、裏返せば極めて危険だということを示している。
 防ぎようがないので予防的に対処する以外にないので、プルームの通過をやり過ごしてから、緊急時モニタリングで持続的に高いようなら1日のうちに判断して1週間かけてみんなで避難しましょうという事である。また、放出が1日で止まるとは、よほどプラントの状態を把握していなければ判断できない。30Km圏内UPZ住民が2日目から避難を順次開始している最中に再びプルームが襲いかかる危険性があるので「1日で判断して」というのはそもそも錯誤か神話である。
 高濃度のプルームが30Km圏内で収まるというのも根拠がない。30Km圏外の「PPA」(プルーム通過時の被ばくを避けるための防護措置を実施する地域)をせっかく考えたものの、その対策を放棄せざるを得なかったのもこの放射能放出の手に負えなさにある。
 「現行法体系で敷地外防災体制は十分実効的」となど言わずに、「現実的に考えた時にこうするしかない。これが考え抜いた上での最適化」と言えばよい。

 4.放射性微粒子の知見関東地方への飛散と吸入内部被ばく

[図7] セシウムボール(日本経済新聞社)

 すでにチェルノブイリ原発事故でも「ホットパーティクル」と呼ばれる放射性微粒子の体内沈着と内部被ばくが指摘されていたが、東京電力福島第一原発事故でも炉心溶融固有の放射性微粒子が関東までの広範な地域に飛散していることが確認された(甲G21号証「セシウムの粒、事故知る鍵炉心溶融で生成?影響未知」日本経済新聞 2017年6月11日付)。
 2013年夏、気象研究所(つくば市)より東京電力福島第一原発の事故直後の大気中から粒子状のセシウムボールが検出されたという発表を契機に、その後東北・関東の99地点の「ろ紙」(SPM)を調査した結果、粒子状の放射性物質が検出され、放射性セシウムを含む微粒子がプルームに乗って関東地方の広い範囲に飛んでいたことが発表された。
 この微粒子は物理・化学的性状が異なる3種類(GroupA,B,C)があることが東京理科大や東京大などの研究チームの調査でわかってきた。GroupAはつくば市で直径1〜5μmの球形でセシウムCs以外にもルビジウムRbやスズSn,バリウムBaなど核分裂生成物由来の元素を含み、原子炉の材料であるケイ素Si、鉄Fe,亜鉛Znをも含んだ粒子という。
 GroupBは浪江町の土壌から発見された100μmの大型で不定形で、ストロンチウムSrやウランUまで含む粒子。GroupCはつくば市の産業総合研究所で捕集された大気塵から発見され、不定形の凹凸。
 いずれも従来知られてきたセシウム放出物とは体内に取り込んだ場合の健康への影響も異なり、プルーム通過時に吸入すれば肺に直接入り、地面に落ちても溶け出さず、土壌にも固定されないために再飛散の恐れがあり体内に入ると肺の中などに長くとどまりやすいと指摘されている(甲G22号証「SPM計使用済みテープろ紙の分析による福島第一原子力発電所事故直後の大気中放射性物質の時空間分布の総合解析と気象学的 考察」)。
 ほぼ均等に放射線が当たる「外部被ばく」と違い、「内部被ばく」はいったん体内に入ってとどまる場合、1粒子であれ、その周辺数ミリの細胞は局所的に集中的に放射線を浴びて被ばくしDNAを損傷する。
 ICRP(国際放射線防護委員会)やIAEA(国際原子力機関)の「内部被ばく」の考えは被ばく線量を全身実効線量に換算し、その臓器ごとの割合で計算するという非科学的な「神話」で構築されており、「科学」とは言いがたい。
 チェルノブイリ原発事故や東京電力福島第一原発事故による新たな知見は70年前の広島原爆被曝者のデータ再解析につながり、広島原爆被曝者の健康障害の主要因は家屋の粘土などが中性子照射を受けて放射化し、飛散して運ばれた放射性微粒子を吸入したが大きく関与しているという論文も発表されるに至っている(甲G23号証「広島原爆被曝者における健康障害の主要因は放射性微粒子被曝である」岩波『科学』Vol.86 8)チェルノブイリや日本で発見されたこれらの新しい知見は、炉心溶融事故による放出物質として新たな内部被ばく要素として第5層対策に取り入れられなければならない。
 こうした最新の知見を踏まえるならば、原子力災害対策において放射性プルームについて現実的に防護は無理だからとしてプルームに乗って広範囲に飛散する粒子について考慮されていない「原子力災害対策指針」は住民の被ばくに係わる科学的根拠においても欠落している。

 5.小括

 国は「現行法体系で敷地外の防災体制は十分に実効的」と言う。しかしその実態は、原発事故では放出された放射能は手に負えず、「国民は被ばくを受忍するしかない」ということを前提として可能な限りの回避と低減に努める「原子力災害対策指針」であり、希ガスや放射性微粒子への対応はしようもなく、「十分に実効的」などとは到底言えない。

 第6 国「第13準備書面」の論理について

 1.「低人口地帯であることはもはや必要ない」か

 国は「第13準備書面」で立地審査指針要求A「防災活動を講じ得る環境にある地帯とするため低人口地帯であること」は現行法で原子力災害対策が精密化・強化されたからもはや必要ないという。
 「原子力災害対策指針」では、全面緊急事態(GE)発動で5Km圏PAZ住民は1日以内に予防的避難し、30Km圏UPZ住民は1日屋内退避で様子を見たのちに1週間をかけて順次一時移転するという「段階的避難」方法を採用したから、一度に集中的な住民避難が行われることがない、
ことになっている。確かにひとつの合理的最適化である。
 しかしこの合理性を「低人口地帯であること」という立地評価にあえて結びつける理由はない。
 5Km圏内も30Km圏内もあわせて100万人が一斉に避難する場合と、最初の1日にまず5万人が予防的に避難し、周辺30Km圏内90万人の住民は1週間をかけて避難する場合とは確かに避難の混雑さは違うであろう。しかし、同じ5Km圏内で1,000人の場合と5万人の場合、道の混雑さ、避難誘導の容易さは明らかに違う。
 立地審査指針要求A「防災活動を講じ得る環境にある地帯とするため低人口地帯であること」は「避難の容易さ」から考えるならば、高人口密度の地帯は「避難が容易でない」ということを意味するだけで、原子力災害対策が精密化・強化されようがそのことが変わるわけではない。規制委員長が言うように、「UPZまで入れて97万人、100万人近い人が同じような避難というのは本当に現実的か」ということであって、「低人口地帯を設定する必要性はもはや必要ない」という国の主張には理由がない。

 2. 原発事故の放射線リスクの社会的影響の大きさは何で測るのか?

 東海第二原発が人口密集地帯に立地していて避難は困難、水戸や東京にまで影響するとの主張を意識してか、国は「第13準備書面」で、

 1)「立地審査指針要求事項B「人口密集地帯から離れていること」の評価が、実際には「東京や大阪といった大都市の方向が評価対象となってしまい、極めて低線量と非常に大きな人口数の積算により定まって」いることから、「集団実効線量に基づくがん死亡率を計算する」ような「誤った使用」がされる。

 2)「むしろ放射線リスクの社会的影響は、福島第一発電所事故の知見を踏まえると、重大事故が生じた際、仮に、原子炉発電所の近隣に居住する住民が避難する事態が生じたとしても、長期間帰還できない地域を生じさせないことがより重要であると考えられる」ことから、

 3)「上記のような集団線量による規制でなく、半減期の長い放射性物質の総放出量という観点から規制を行うことが合理的であり、環境保全の観点からも適切である」
と主張する(国第13準備書面P31〜32)。

 1)段目、「集団実効線量からがん死亡率を計算する」ようなことをしなければよいのであって、集団が被曝した実効線量の積算で事故がその住民に与えた放射線リスクの社会的影響をこのような量で評価すること自体が誤っているわけではない。

 2)段目の視点で評価を行うのならば「帰還できない地域の人口」すなわち「何万人が帰還できないか」で事故が社会に与えた放射線リスクの社会的影響を評価するのも一つの指標になるであろう。

 3)段目で突然、「集団線量」と「セシウム総放出量」を比較してセシウムの総放出量で評価するのが合理的だと言う。

 「セシウム総放出量」のパラメータには「帰還できない人口」は入っていない。それでは「放出された放射能がその地域の人々に与えた社会的影響」を評価できない。
 「周辺住民への被ばく影響の評価」は、放出されたセシウムの総量が同じであってもそこにいて被ばくした人の数(量)が問題となる。
 周辺住民から見た場合に、一見「総放出量規制」がもっとものように聞こえるが、すでに見た通り放出される放射性物質によって時間当たりに放出する線量も違えば線質も違い、そして気象条件によってプルームのように高濃度で局所的に浴びる。
 プラント側から見たら「セシウム総放出量規制」はひとつの目安になるかもしれないが、住民の被ばく防護の第5層は独立した問題であって、プラントから見た放出量を意味しない。
 この二つを混同して第5層と第4層を相互リンクさせているところが「国13準備書面」の錯誤である。こうした錯誤を生むのはすでに見たように第5層の住民防護のための指針を、沈着後の地上線量率で判断するというところに起因している。事故終息後の「現存被ばく状況」における課題(帰還)を、事故直後の「緊急時被ばく状況」(被ばくの回避・低減)に重ねてしまうところに誤りがある。
 「原子力災害対策指針」は深層防護の考えにもとづいて第4層までの対策に依存せず、被ばくによる「確定的影響の回避」および「確率的影響の低減」を「合理的に達成する」ための指針として示されていることは明確で、被ばくを回避低減するための判断基準、測定可能な情報にもとづく戦略、権限、ツールが優先されている。
 要は、立地審査指針要求B「人口密集地から離れていること」という要件は何のためにあったのかとの点で、周辺住民の被ばくを回避または低くするという点にその「趣旨」があったことは、被ばく線量が基準になっていたことから明らかである。
 その際、被ばくの評価においては、集団被ばく線量によるのでなく、個々人の被ばく線量で評価することに変更し、さらに東京電力福島第一原発事故の教訓から「長期間帰還できない地域を生じさせないようにすること」も重要だから、プラントでのセシウム137の放出量の規制を追加するというのであれば理解できる。
 しかし、セシウムの放出量を規制しているから新規制基準は立地審査指針要求事項Bより安全対策を強化しており、「要求事項の趣旨を12分に果たしている」から「立地審査指針を維持しなければならない理由はもはや存在しない」という国の主張には理由がない。

 第7 人口密集地の東海第二原発における防災は実際的に可能か

 すでに見た通り、東海第二原発は日本一人口密度の中に立地している。「人口密集地帯から離れている」というより、5万人、100万人という「人口密集地帯の中」に存在している。
 以下、東海地区において「原子力災害対策指針」が如何に実効的でないかを検討する。

 1.「防災」にかかわる東海第二原発サイト周辺の特徴

 東海第二原発そのものに内在しているリスクとは別に

 1)半径30Km内に94万人が生活しており、日本最大の人口密集地である。地形的にも一級河川にはさまれ、北部は山間地で避難経路は限られている。大規模損壊・早期大量放出を考えた場合、首都圏3,500万人が背景となっている。

 2)19にも及ぶ原子力関連施設が密集している。巨大地震や津波などは施設を選ばないので、同時災害が発生したときは事故収束や住民避難は極限的な困難となる。またどの施設で重大事故が起きても他の事業所の維持管理に支障を及ぼし、連鎖的な事故へ進展する危険性もある。特に東海第二原発の南2.8kmに再処理施設がある。ガラス固化処理中途上の高レベル廃液があり地震・津波による損壊による機能喪失による水素爆発や、巨大津波によって廃液がそのまま流出する可能性がある。

 2.「指針」と現実の住民の行動の乖離

 国は、「全面緊急事態の直後にはPAZ圏内の住民避難とUPZ圏の屋内退避が実施されることとなっている」(国「第13準備書面」P31)と言う。
 国の想定では東海第二では全面緊急事態の直後、PAZ圏内5万人が避難を開始し、UPZ圏90万人が屋内退避している「こととなっている」。しかし茨城県による現実の想定は、全面緊急事態(GE)発動でUPZ内の住民の6割、すなわち55万人以上が(屋内退避せずに)「自主避難」行動に移ると想定されている。GE発令後合計60万人が避難を開始するという。
 防災の「法体系」があることと、東海第二原発周囲の100万人近い住民が身を守るのに実際にどのように行動して被ばくを回避しようとするかは別問題である。それができる条件も不均等である。退避できる密閉性の高いコンクリート建物が近くにない場合は低減できる被ばく量は大きく異なる。多くは木造住宅の自宅に退避するか勤務先の社内に留まる。学校にいる子ども達は親御さんに引き渡されると言う。コンクリート建屋での屋内退避は20分の1に低減できるとされるが、木造家屋では4分の1にしか低減できない。

 3.地形的条件、地震・津波との複合災害、年間風向条件

 (1)地形的条件と避難

[図8] 東海第二原発周辺の地形(航空写真 Google)

 日本原電村松社長は「東海UPZの関係につきましては、地域の特性といたしまして、東海の東側は海、180度は平地であるということと、道路網が非常に整備されている」と言う。(前掲甲G14号証P15)
 しかし、右の航空写真([図8])で見るとおり、北西部を山で取り囲まれていることから主な避難ルートは南西方面にならざるを得ない。SPEEDIを使おうが使うまいが避難方向は主に北の10度角と、南西90度角の方向にしか動けない。国道293号線、123号線を使って栃木に避難する山越えのルートは限定的である。

[図9] 住民の動き方の全体像(原告)

 図8の黄丸で囲んだ日立市民20万人は狭い海岸線を北上して福島方面に避難することになっているが、巨大地震・津波の際には海岸沿線地帯は津波で浸水しており、裏手の山を通る高速道路はトンネルが断続的に貫通しており崖崩れ等で通行止めになっている可能性が高く、避難は困難を極める。

[図10] 那珂台地

 図8白丸で囲んだ地域=東海村(3.8万人)、ひたちなか市(15万人)、那珂市(4.6万人)の計32万人住民は地形的に久慈川と那珂川(共に一級河川)に挟まれ、経路上この河川を渡る橋を通過しない限り30Km圏外には避難できない。橋は南側の那珂川に10本、北の久慈川に8本(いずれも高速道路の橋を含む)。巨大地震による橋の損壊、20mを超える津波の遡上による橋の損傷冠水を考えると、最悪「那珂台地」に「孤立」する可能性がある。

[図11] 人口移動の規模、避難経路の道路と橋、IC

 この地帯を横断している常磐自動車道の2つの入口(東海スマートインター、那珂IC)および、北関東自動車道(ひたち海浜公園IC、ひたちなかIC)に殺到するが、高速道路が地震や津波による損壊なしに通行可能かは不定である。
 巨大地震後の大津波が那珂川・久慈川を遡上した場合、那珂川は河口から海門橋・湊大橋・勝田橋・寿橋・水府橋(河口から約6km)、久慈川は河口から久慈大橋・留大橋・榊橋・落合橋・幸久大橋・幸久橋(河口から約4km)は地震による損壊と冠水、そして沿岸の堤防の決壊が予想される。橋が渡れたとしてもその先が決壊で水没していたら通行不能である。
 地震による道路の損壊、津波による浸水、液状化によって、避難路の道路はズタズタになっている可能性が高く、通行できない道路が発生する。
 警戒事態(AL:アラート)から施設敷地緊急事態(SE:サイト・イマージェンシー=10条通報)発出後、全面緊急事態宣言(GE:ゼネラル・イマージェンシー=15条通報)の発出に至るまでの「事故進展の時間」は予測がつかない。
 茨城県は緊急時避難に県内のバスをUPZ30Km圏に集結させるのは困難とし、原則自家用車での自主避難とした。しかし病院入院患者、社会福祉施設、在宅要介護者、および児童・生徒の避難にはバスを結集して搬送・輸送する事にした。PAZ内東海村で警戒事態(AL)で避難準備を開始する入院患者は約1,000名。要配慮者家族の避難の困難さは準備書面(16)で紹介した。
 東海村児童生徒約4,200名は、昼間の学校滞在時はバスによる集団避難。UPZ内児童生徒約5万人は全面緊急事態が発出されたのちに保護者への引き渡しが開始されるが、これ自体も相当な困難を要する。
 警戒事態(AL)から施設敷地緊急事態(SE)が叩かれた時点でおそらくPAZ5km圏内の東海村民3.8万人の住民が動き出すと予想される。まずこの地帯を横断している常磐自動車道の2つの入口(東海スマート、那珂IC)に殺到し守谷市、取手市に向かうが、高速道路が地震による損壊なしに通行可能かは不定である。
 国道6号線に出る石上T字路、二軒茶屋十字路、稲田十字路で渋滞が起きる。続いてひたちなか市、那珂市の住民が避難を開始すると、那珂川・久慈川にかかる10数本程の橋に数時間以内20数万人が殺到する。
 PAZ内に数時間内に避難用のバス等を県内から結集させる場合、外部からのバス等の輸送機関は那珂川・久慈川を渡れないか、避難の車両によって阻まれることは確実である。同様に、初期の緊急時モニタリンググループのPAZ入りや30Km圏内にあるオフサイトセンターへの要員の集結や物資の輸送は困難にさらされる。
 最大は水戸市30万人が避難する局面である。西に向かう国道50号に集中する。水戸市の住民は笠間市を通って栃木県に避難することになっているが、水戸市26万人に笠間市7万人、計37万人が重なりあって50号線およびに東関東自動車道に集中することになる。水戸市のうち4万人は埼玉県に向かって避難することになっているが、常磐高速道を使って南下するのか国道6号を南下するかいずれも渋滞となり相当の時間を要するであろう。
 茨城県はPAZ内住民が圏外に避難するのに15時間、UPZ内住民がその圏外に避難するのに32.5時間を要すると試算した。仕事や家族の都合で避難せずに残留すると想定されるのは30万人である。
 全面緊急事態(GE)が宣言されたのち、最悪の場合どのような事態となるのか、どのような事故進展が考えられるかを日本原電は何も住民に説明しない。
 関東平野で一見避難が容易のように見えるが河川に挟まれたPAZとUPZの一部計20万人の避難が困難な上、UPZ外縁は水戸市30万人、日立市20万人と大きな人口密集地帯で大移動となり、混乱は必至である。そして茨城県は、30Km圏内住民は県内30市町村に40万人が、県外近隣5県に56万が避難することを準備している。

[図12] 30km圏住民の指定避難先

 この避難生活が何日続くか、何ヶ月続くか、何年続くか「わからない」ところに原子力災害の困難さがある。
 最悪、関東には住めなくなる。
 東京電力福島第一原発事故時に、アメリカによって想定され、また原子力委員長(当時)近藤俊介氏によって提出された「不測事態シナリオ」では、プールの燃料破損によって「強制移転を求める地域が170km に及ぶ可能性、移転希望を認めるべき地域が250km以遠にも発生する可能性、その回復には数十年を要する」という最悪のシナリオも提示された(甲G24号証P15)。
 同様に、東海第二原発で想定しうる限りの最悪シナリオも事前にシミュレーションしておくことは必須である。

 (2)気象条件

 避難中にプルーム被ばくをしないか、何日屋内退避していなければならないか。
 日本原子力研究開発機構(JAEA)は1991年〜1992年にかけて、東海第二原発での春夏秋冬の各時期14日間の野外気象データを用いて野外試験として拡散シミュレーションをしている。

[図13] 放射能拡散予測(JAEA)

 年間通じて東海地域は北北東から南南西への風が優勢である。
 いったん南西に向かって高濃度で移動したのち、やや流径を広げて拡散しながら東京を通過し、再び東海に向かって動いている。放出が断続的に続けば、二重三重の軌跡を描くこととなる。
 規制委員会が言うように、プルームがどの方向に向かうかはその時の気象条件次第であって、住民はどこに向かって避難しようがプルーム通過に遭遇しないなどとは考るべきではない。しかし、年間の気象条件からすると、その地形上の制約から多くの住民が避難する方向に向かってプルームが追いかける確率は高い。
 再び戻ってくるプルームが予測つかないならば、UPZの屋内退避はいつまで続くのか。全面緊急事態(GE)発令後1日以内に緊急時モニタリングして避難するかどうかを判断し、1週間をかけて一時移転を実施するという防災指針は気休めにすぎない。

 4.原子力関係施設密集地での同時災害

 原子力災害対策特別措置法の原子力事業所10施設、燃料施設等あわせて19施設が密集する東海地域。
 右図14は東海村での原子力災害対策 重点地域が重畳を示した図である
(東海村 HPより)。

[図14] 東海第二原発のPAZ、UPZ(赤)と原災法対象事業所,及び核燃料工場等の重点区域の重なりあい(東海村)

 規制委員会の更田委員長代理は、JPARCの放射能漏れは隣の施設で観測されたことを例に挙げて、東海地域を「原子力のデパートのような地域」とし、合同の防災体制も示唆した。
 原子力災害対策重点地域が重畳する地域は日本でここだけであろう。この時、複合的な事故とそれに伴う防災体制は重なりあって複雑になるのは必至である。

[図15] 東海第二原発と再処理施設

 この原子力施設の密集地の中では、東海第二原発からわずか2.8kmに潜在的リスクの大きい東海再処理施設がある(図15)
 その危険性と相互の重大事故対策の欠落については準備書面(49)で主張する。

 5.100万人を避難・屋内退避誘導の困難さ

 何より、現地周辺各市町村にあって最も困難なのは市町村職員や県職員、消防員、警察ら行政職員が100万人を相手に的確に集合場所への集合や避難誘導、UPZにおいては屋内退避をお願いすることが可能かという点に尽きる。

 6.日本原電は正確・的確に通報できる能力があるか

 「事業者防災計画」の実効性は規制対象である。事業者によるEAL判断を起点にして通報、敷地外の防災の準備が始動するが、それが的確におこなわれる能力が日本原電にあるか。
 「事業者防災計画」第3章「通報・連絡等」で規定される敷地外住民の防災の行動起点となる事業者EAL判断・通報は的確に正しくおこなわれるかはこれまでの、特に東日本大震災時の日本原電の実績からして信用性に欠ける。
 すなわち、
 ・ECCS起動で10条通報しなかった(以前の通報規定)。
 ・国への緊急時データ伝送システムERSSへのSPDSプラントデータ伝送が3時間以上も送られなかったこと(伝送断から3時間以上たった夕方6時すぎに復旧)。
 ・非常用ディーゼル発電機2C停止後の夜7時半すぎからの急激なドライウェル(格納容器)温度上昇(141℃)について副所長は「中央制御室で計器を見ていたがそんなことは認識していない」などと住民に説明していること。オフサイトセンターも何も注意・警告した形跡がないこと。
 ・回線不通だった東海村へのFAX通報したものの追加電話確認を怠り、東海村が通報のFAXを確認できたのは夜8時であったこと。
 ・燃料上部の広帯域水位データは4分の3が欠落。スクラム直後の1時間超はまったくデータ記録されておらず、設計通りの仕様と。

 このような緊急時の実態について釈明も改善も示されない中、防災の起点となる住民の安全にかかわる判断を的確にできる能力が急に身についたとは考えられない。
 「緊急事態区分を判断する基準等の解説」が規制委員会より提示されているが、その判断基準を的確に判断できる計測データもそれを判断する技術能力についても極めて疑わしい。
 「事業者防災計画」の実効性は規制対象であるにもかかわらず、こうした当事者能力についての過去の実績評価についてはきちんと審査された形跡がない。

 7.モニタリングは被ばく防護に有効か?

[図16] 常時モニタリングポスト

 東海村周辺には図16のような常時モニタリングポストと体制が敷かれている(茨城県HP)。
 東京電力福島第一原発事故では地震によってほとんどのモニタリングポストが倒壊または停電によって使い物にならなかった。
 次の図17は、東日本大震災後の3月15日早朝に東京電力福島第一原発からの放射性プルームが通過した時の東海地域のモニタリングポストのデータからそのピークの移動を描いたものである。

[図17] 2011年3月15日早朝のプルーム通過ピークの移動

[図18] 2011年3月15日の線量率のピーク(指針のOIL2ではこれは見過ごせと)

 この日早朝4時30分から5時30分にかけて東海モニタリングポスト線量率の急上昇を見た市民が茨城県教育委員会に子ども達の通学をストップするよう要請したが、何らの対策も行われなかった。そして二度目のプルーム通過は7時20分から7時40分に水戸を直撃し、通勤・通学の時間帯で皆プルームを吸入することになった。
 この日、東海村では停電と断水のため、朝から朝食準備のために給水車に列をなして並んでいたという。そして東海村で5μSv/hを超えて10条通報がされたのは8時15分であった。
 それがNHKニュースで伝えられたのは何と9時48分だったが、停電で市民はテレビからの情報も受け取れていない。

[図19] プルーム通過を伝える NHKニュース

 東海村には研究機関も揃っているにもかかわらず、この有様であった。
 規制委員会は「プルーム通過には為す術なし」と放棄するが、4時30分すぎの通過後に住民市民への警報、自宅待機を発していれば防護できたはずである。
 さらに次の3月21日の二度目の通過にも警戒できたはずである。
 緊急時モニタリングは、OIL1および2の判断に使うというが、はじめから「プルーム通過によるピークには対応できない」と言えるかどうかである。またモニタリングポストが有効に機能するには想定されているM9.0の地震に耐えられるか、停電に対する非常用電源が機能するかも確かめられなければならない。

 8.周辺市町村との協力体制はあるか、住民との避難・退避時の補償協定はあるか

 防災体制には住民の理解と合意そして覚悟が一方的に求められるが、周辺市町村との協力関係、信頼関係も不可欠である。
 ところが、日本原電は周辺市町村からの「安全協定の見直し」を再三にわたって求められながら、意見は聞いて説明はするが、協議や同意権は与えないとして、周辺市町村との協力体制を拒否し続けている。
 田中規制委員長の「地域とのコミュニケーションはどうなっているのか?」という問いに、なんら答えない日本原電の姿勢で、果たして第5層が「現行法体系があるから十分に実効的」と言えるものか。
 さらに、重大事故に至る事象が発生して日本原電がアラートを叩き、事故進展によって、施設敷地緊急事態(SE)通報で入院患者や介護者などは避難を始めるわけであるが、そうした費用について日本原電との間で如何なる協定がすすんでいるのか明らかでない。
 事故進展が食い止められて敷地施設内ですめばそれは良いことだが、病院やホームの要介護者の避難による損失や健康障害への補償について日本原電はまず提示すべきである。
 そしていよいよ、全面緊急事態(GE)となったとき、東海村を中心とするPAZの住民5万人は生活も仕事も学校も全てをストップして避難することとなる。水戸市、日立市を含むUPZ住民90万人は原則屋内退避だが、これも生活も仕事も学校も、輸送中のトラックも全てをストップさせて屋内退避となる。コンクリート建屋に殺到するかもしれない。そこで何日を過ごさなければならないかもわからない。水や食糧はどのように供給する体制があるのか。誰がどのように配給するのか。仕方なく木造住宅の自宅を目張りして閉じこもる人もいるかもしれない。しかし県の試算のように50万人以上は自主避難を開始する。
 いずれにしろ、こうした大規模な住民の避難や屋内退避にはそれ自身に相当なコストがかかる。自然災害と違い、その一義責任は事業者にある以上そのコスト負担、そして損害の賠償について明確にしておかなければならない。
 行政職員らは自分の家族のことはさておいて、市民の避難誘導・屋内退避に出動し、また直ちに緊急時モニタリングで走りまわらなければならない。危険な仕事になる。外で仕事をしていつプルームが通過するか定かでない以上、安定ヨウ素剤も服用し(安定ヨウ素剤は甲状腺吸収への対応しかできない)、防護服も身につけなければならない。県、市町村、消防署、警察含めて総勢何万人か。この行政コストも莫大であるが、自治体との賠償協定について今のところ聞かない。

 9.人格権侵害の補償および事故処理制度と費用(第6層)

 人々が東京電力による福島第一原発事故被害という苦難の経験をした今、事故後の処理、いわば最悪「第6層」といえるものが準備され整備されてはじめて社会に認められる。
 福島の人々はいまだ10万人が家に戻れていない。6年にわたる避難所生活は過酷である。すでに諦めてふるさとを捨てる場合も多い。
 原発事故は人生を狂わせ、健康を害し、作り上げてきた財産を捨てざるを得ず、代々伝えられた田畑を汚染され、家族がばらばらになり、人々の生活の支えになっていたかけがえのないコミュニティーを破壊し、取り返しのつかない災害をもたらすこと、人格権侵害は回復不能であることを原告らは主張しつづけてきた。回復不能な人格権侵害が発生する以上、原発は運転してはならない。この災禍を二度と繰り返してはならない。これら被害論と人格権について次回総括的に主張する予定である。
 国は「第5層が十分に実効的」と言うが、東京電力福島第一原発事故で問題となっているように原発事故によって、自分や家族の安全を守ろうとして自らの判断で避難する(自主避難)ことを「被害者の権利」として制度的にも認められていない。第一義的責任は事業者(企業)とされるものの具体的な企業責任を明示して最後まで補償される制度は整備されていない。
 避難したくても、仕事や家庭・家族の事情で動けない人も多い。
 帰還についても国が健康影響の「科学的判断」と、住民の生活の「現実的判断」を振りかざして20mSv/年の放射線被ばくは受忍とすれば、帰還しない住民は補償を打ち切られる。
 加えて、東京電力福島第一原発事故で見るように、歴史上最大で明瞭な「公害」を引き起こし、第一義的責任は事業者にあるとされようが、原子力損害賠償制度においては無過失責任・無限責任とされようが、その加害者の刑事責任を東京地検は不起訴処分とし、福島の住民被害者が告訴・告発、異議申し立てを行い検察審査会の二度にわたる「強制起訴決議」によってやっと起訴され、6年を経て今ようやく裁判がはじまったばかりという状態である。公害を引き起こし取り返しのつかない被害を国民に与えても刑事責任ひとつ問われないような社会制度では、原発を運転する企業の社会的責任は軽んじられる。事件の現場検証さえできないのが原発事故である。
 昨年2016年12月、経産省は東京電力福島第一原発事故の賠償を含む処理費用を21.5兆円(賠償8兆円、廃炉8兆円、除染6兆円)との試算を発表した。他方、民間のシンクタンク「日本経済研究センター」は今年4月、汚染土などの県外最終処分費用、汚染水の全量処理を全量やる、溶融炉心の処理などをきちんと計算すると最大70兆円となると発表した。
 東海第二原発に事故あるときは、影響する人口量からしてこの数倍が必要となろう。日本原電がこれを負担できる能力はない。

 第8 日本原電の資格と能力について

 冒頭の規制委委員会での発言を踏まえるならば、日本原電は重大事故対策とその有効性と不確かさをきちんと周辺住民に説明し、「ここまで対策に精一杯の努力をしたが、しかし万が一には避難・退避をしてもらう可能性もあり、最悪の場合はこのくらいの広がりで、この程度の健康影響や帰宅困難が出ることや相当の経済影響も覚悟しておいてもらいたい。万が一の時の賠償額はこれが限度」と説明して、住民や行政に理解を求めることが求められている。
 そのためには、内部事象・外部事象ともに「レベルPRA1.5」での炉心損傷頻度解析に留めずに、「レベル2PRA」のソースタームおよび格納放棄破損頻度まで明らかにした上で、その放出量は管理放出の場合はこうなる、大規模損壊で早期大量放出のときは最悪こうなる可能性がある。基準地震や基準津波に襲われた時はこの地域はこのような被害が起きる、津波による浸水や遡上はここまで来る、液状化しやすい場所はここ、道路や橋、堤防の様子はこうなる、基準を超えた地震や津波が来た場合はこの地域一帯はどのようになるか。
 そして周辺人口分布にもとづく健康影響や、経済活動・農畜産分布を元にした経済影響までを試算した「レベル3PRA」を住民、関係自治体に誠実に示すべきである。
 しかるに日本原電(株)は、これまで見てきたように、規制基準を超えて安全対策をして周辺住民の安全を確保し、住民の信頼を得ようとする姿勢が見られない。そもそもの立地条件と古い設計基準で現在の安全基準に適合するには根本的に無理がある。
 国はすでに規範的な規制から、事業者の自主的・主体的・継続的な安全性向上の取り組みを促す制度改革に入った。しかしながら、それは理想的で時期尚早である。
 被告日本原電は、経産省総合資源エネルギー調査会からの提言「原子力の自主的・継続的な安全性向上に向けた提言」を受けて、2014年6月「当社における『原子力の自主的かつ継続的な安全性向上への取り組み』」を発表した(甲G25号証 日本原電 2014年6月13日)。
 冒頭に、「経営トップのリスクマネジメント」と題して安全文化、リーダーシップ、コミュニケーションなどを「行動規範」として掲げたものの、「本当にそれがあるのか」と規制委員会から問われたのが冒頭の臨時委員会であった。
 「トップのリスクマネジメント」(3)では「PRAを含めたリスク情報の活用の強化」を掲げ、「レベル2/3PRAや外的事象等のPRAについては、『原子力リスク研究センター』の成果を速やかに取り込む等、順次整備を進め、低頻度事象をも網羅したリスク評価に活用範囲を拡大していく」と宣言している。
 しかし3年が経っても、いちばんのステークホルダーである住民に対して、「レベル2PRA」による格納容器破損頻度も、100テラベクレルを超える事故の発生頻度も、まして周辺人口分布にもとづく健康影響や、経済活動・農畜産分布を元にした経済影響までを試算する「レベル3PRA」を住民、関係自治体に示していない。
 前節までに見たとおり、周辺住民の安全を守ろうとする姿勢も、安全対策への投資力も、そして万が一事故あるとき、的確に判断する技術と能力も、損害への賠償能力もない。
 日本原電には原発を運転する資格と能力がない。

 第9 「第5層は許可要件になっていない」ことの意味

 〜司法判断が求められている〜

 米国では放射線緊急事態のための準備のための「責任」の根拠を原子力規制委員会(NRC)の「許認可権限」に求め、オンサイト・オフサイト両方の「緊急時計画」は許認可の条件となっている。
 原告らは、第5層防災計画は住民の人格権を保障する深層防護最後の砦であり、設置変更許可の要件になっていなければならないこと、それが許可要件になっていない規制基準は違法であることを重ねて主張してきた。
 国は「第11準備書面」でその理由を述べることなく「法律で許可要件になっていないのだから許可の要件になっていないのは当然」と回答した。
 規制委員会田中委員長は、「規制基準への適合性審査をする。しかし適合性審査に合格したからといって安全とは言わない」と言い続けてきた。他方で「安全への不断の努力によって安全性は維持されるもの。これで安全というものはない」とも。
 これは福島第一原発事故の教訓と規制の限界を踏まえた発言である。
 規制基準に適合しても「許可」ではなく、実際に運転できるかどうかは、第一義的には事象者が住民の安全への不断の努力を示し、住民とのリスクにかかわるコミュニケーションの上に理解と合意があってはじめて社会的に認められる(社会的に運転が許可される)という事を規制委員会は社会にメッセージしている。
 記者会見で地元の同意(30Km圏内を含む)について聞かれた田中委員長は「ここは我々がタッチするところではなくて、事業者とまさに地域の方との話し合いで決めればいいことだと思います」「いちばん大事なのは、そこに住んでいる方たちがこれでいいという安心感を得られることで、それが基本だと思います」と述べている(前掲 甲G16号証P7)
 しかるに、日本原電は最低限の規制基準の適合はおろか、住民の生命、安全、財産、地域を守ることを第一義にしてプラスアルファの安全対策を実施して、自治体・住民とリスクに係わるコミュニケーションを誠実に行おうという姿勢は見られない。規制当局ばかりに目を向け、いかに規制をくぐり抜けてコストをかけないかに専念しており、住民の方を向いていない。
 一民間電力会社のために国や自治体そして国民がこんなに莫大な社会的コストをかけるような事は他にない。
 国はと言えば、東京電力福島第一原発事故の教訓を深く認識するどころか、規制委員会の趣旨と規制の意義と限界を足元から崩し、とうとう再び「安全神話」の罠に陥った主張をこの法廷に披露した。
 ところが、地域社会の中には公正に審査したり広く意見を聞いたり、協議を重ねられる場や制度が整備されていない。日本原電は国の許可を得さえすれば運転するのは当然の権利とばかり、周辺30km自治体との安全協定さえ拒否している。当の地域住民は意思表示の場からは完全に蚊帳の外である。
 こうした状況の中で住民が裁判所に社会的判断を求めて訴えているとすれば、司法は東京電力による福島第一原発事故のような災害を二度と起こさないために、日本原電の東海第二原発が社会的に容認されうるものか、日本原電は危険なものを扱う資格とたゆみない安全への姿勢と能力・技術があるかを審査し、独立性と人間としての矜持を持って社会的司法判断を示すことが使命である。
 住民の人格権を直接左右する最終的な第5層が許可要件となっていないということ、規制基準に合格しただけでは安全ではないと規制当局が地域にその判断を委ねているとすれば、司法は国の裁量に戻すことではなく、司法として堂々と判断を示すべきである。

以上
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