| [2026_01_08_02]【柏崎刈羽原発】1967年、荒涼とした砂丘地に建設計画…地元住民の当時の思いは? 連載[推進と反対…地域の軌跡]<1>(新潟日報2026年1月8日) |
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10:30 東京電力柏崎刈羽原発の約14年ぶりの再稼働が近づいている。半世紀以上前に誘致されて以来、その存在は、絶えず地域に「推進」と「反対」の議論を巻き起こしてきた。柏崎商工会議所の元専務理事で推進の旗振り役を務めた内藤信寛(85)、原発反対を掲げる柏崎地区労働組合会議の元議長で先頭に立った佐藤正幸(81)の両者の話から、建設当時や東電福島第1原発事故など、50年以上に及ぶ地域と原発の歩みを振り返る。(敬称略) 戦後の高度経済成長期の真っただ中にあった1967年、荒涼とした砂丘地が広がっていた柏崎市荒浜地区で、一つの計画が具体化する。11月に、新潟県は原発建設の調査地点を荒浜地区に決定。1年4カ月後の69年3月には、柏崎市議会で議員発案の誘致決議が可決される。 誘致が決まる頃には、...(後略) |
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