[2025_03_07_07]福島原発 強制起訴裁判 予見性 「高い壁」 住民の声届かず 公開審理で新事実も 告訴団「希望持てた」(東奥日報2025年3月7日)
 
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福島原発 強制起訴裁判 予見性 「高い壁」 住民の声届かず 公開審理で新事実も 告訴団「希望持てた」

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 未曽有の自然災害による東京電力福島第1原発事故の刑事裁判が決着した。最高裁は、強制起訴された旧経営陣の刑事責任は認められないと判断。市民の声が連なり公開の場での審理が実現して新たな事実も明らかになったが、事故の予見可能性という高いハードルに阻まれた。事故から14年近くたっても帰還困難区域が多く残る福島の住民はやり切れない思いを抱える一方、裁判が残したものは少なくない。

 「次の原発事故が避けられない司法判断だ」。公判に被害者参加代理人として出席し、経緯を見守ってきた「福島原発告訴団」の海渡雄一弁護士は6日、東京都内で記者会見し、最高裁への憤りをあらわにした。
 間もなく14年の節目となるタイミングでの終結。福島県富岡町から同県郡山市に避難し生活する深谷敬子さん(80)は「裁判官は被災者の気持ちを考えていないんだな…」と漏らした。
 事故前は自宅敷地内で美容室を営み「80歳まで働く」と意気込んでいた。事故後、県内外を13回も転々とし、自宅があった場所は帰還困難区域のままだ。「やり場のない怒りを抱えて生きている。この責任を誰が取るのか」 今回の裁判は市民の思いがきっかけだった。事故から1年が過ぎた2012年以降、福島県の住民ら約1万4千人が東電幹部の刑事責任を求めて検察に告訴、告発した。検察は専従捜査班を設置したが立件には至らず、市民で構成される検察審査会の2度の議決を経て旧経営陣は強制起訴された。
 議決により強制起訴となる制度は09年5月に始まった。これまでに15人が対象となったが、大半は検察の不起訴判断を追認し、有罪は一部にとどまる。事故の予見可能性が今回と同様に争点となった尼崎JR脱線事故でも否定され無罪となった。
 そもそも検察が「証拠が足りない」とした判断を覆すのは容易でない。長く被告の立場に置かれる負担は大きく、制度の在り方を疑問視する声も上がる。強制起訴から8年半以上が経過した昨年10月、勝俣恒久元会長は決定を待たずに84歳で死去した。
 ただ、公開の法廷で審理されることで真相解明が進むとの期待もある。一審東京地裁では、東電の担当者をはじめ地震学や津波工学の専門家ら多岐にわたる証人への尋問が行われ、審理は37回に及んだ。国の地震予測「長期評価」を考慮することに元会長らが反対しなかったとする、当時の幹部の供述調書も読み上げられた。
 告訴団の1人は「多くの証拠が出て、知らなかった経緯が明らかになった。真実を語ろうとしてくれた人がいて希望を持つことができた」と意義を強調した。
 それだけではない。告訴団によると、旧経営陣が大津波を予見することができたかどうかという争点が共通する民事裁判で今回の刑事裁判の証拠が利用され、東電の責任を認めたケースが相次いでいる。最たるものは、22年7月、勝俣氏らに計13兆円超の支払いを命じた株主代表訴訟だ。
 「刑事裁判なくしてこれらの民事判決はあり得なかった」と海渡弁護士。告訴団の河合弘之弁護士は「制度的な対策を講じる必要がある」とし、次の災害に備えて今回の公判で得られた教訓を生かすべきだと強調した。

 最高裁 決定要旨

 東京電力福島第1原発事故で、強制起訴された旧経営陣に対する最高裁第2小法廷の決定の要旨は次の通り。

【主文】
 上告を棄却する。

【理由】
 東電は国の地震予測「長期評価」などに基づく2008年の津波試算で、最大で15・7メートルの津波が到来する可能性があるとの試算を得ていた。だが、長期評価は一般に受け入れられるような積極的な裏付けが示されていたわけではない上、信頼度の評価も低かった。10メートルを超える津波が襲来するという現実的な可能性を認識させるような情報ではなく、被告らも認識していたとは認められないとした二審判決の判断が、合理性を欠くとは考えられない。そうすると、業務上過失致死傷罪の成立に必要な予見可能性があったと合理的な疑いを超えて認定することばできず、被告らを無罪とした判決に不合理な点があるとはいえない。

【草野耕一裁判官の補足意見】

 指定弁護士の設定した訴因を前提とする限り、二審判決を破棄すべき理由は見いだしがたい。私もこれに賛同しているのに、別の訴因を構成する事実に言及するのは贅言(ぜいげん)のそしりを免れないかもしれない。だが、原発事故の未曽有の惨事に思いを致すならば、同様の悲劇が練り返されることのないように腐心することは最高裁判事の職責だ。
 東電は長期評価を基にした試算を速やかに国に報告すべき義務を負っていた。にもかかわらず、2年10カ月以上も報告を怠り、結局報告したのは津波襲来の4日前だった。速やかに報告していたら、国は東電に防護措置を講じることを命じ、津波襲来時には各原子炉全てが運転を停止していたことになり、入院患者らが亡くなるなどの結果を回避できる可能性があった。こうした報告義務を怠った対応を過失行為とし、犯罪の成否を論じる余地もあり得たが、一、二審が指定弁護士に訴因変更を命じなかったことが違法とはいえない。
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