[2024_12_24_01]石炭火力全廃のイギリス なぜ実現できた?課題は?(NHK2024年12月24日)
 
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石炭火力全廃のイギリス なぜ実現できた?課題は?

 18:45
 二酸化炭素の排出量の多さから、気候変動対策を進める上で、国際社会から厳しい目が注がれる石炭火力発電。
 その全廃を、G7=主要7か国で初めて実現したのがイギリスです。
 背景には国をあげて進める再生可能エネルギーの導入があり、なかでも力を入れるのが洋上風力です。
 日本と同様、周りを海に囲まれたイギリスの取り組みは、今後の日本の政策の参考になるのか。現地を取材しました。
 (ロンドン支局記者 山田裕規)

 石炭火力全廃の背景にあるのは?

 「エネルギーシステムから石炭火力を段階的に廃止した世界初の主要国となり、誇りに思う」
 イギリス政府の高官がこのように胸を張って挨拶をしたのは、国内で唯一稼働していた石炭火力発電所の運転停止を記念した式典でのことです。
 中部ノッティンガムシャーにある、8つの大きな冷却塔が特徴の「ラトクリフ・オン・ソア発電所」は、ことし9月末に50年余りの歴史に幕を閉じました。

  イギリスで唯一稼働していた石炭火力発電所「ラトクリフ・オン・ソア発電所」

 発電所の所長に話を聞くと「多くの同僚が去るので複雑な心境だが、今は移行の時だ」と名残惜しさも語っていたのが印象的でした。
 イギリスで最初の石炭火力発電所がロンドンにできたのは1882年。その後、多くの発電所が産業の発展を支えましたが、142年たって全廃されたことになります。
 もともとイギリスは2024年に石炭火力を全廃する方針を打ち出していました。この方針に沿う形で、2012年には国内シェアの40%近くを占めていた石炭火力は、2023年には1.3%にまで減少しました。代わりに増加したのが、風力など再生可能エネルギーで46%を超えるまでになっています。
 11月に開かれた気候変動対策を話し合う国連の会議「COP29」でも、欧米の多くの首脳が出席を見合わせる中、イギリスはスターマー首相が現地を訪れて演説。
 温室効果ガスの排出量を2035年までに、1990年に比べて81%削減するという新たな目標を発表し、環境政策への積極姿勢を強調しています。

  イギリスの電力構成

 洋上風力が北海油田のまちを変える?

 石炭火力にかわる電力源として、イギリスが力を入れているのが、周囲を海に囲まれた特性をいかせる洋上風力発電です。
 風力発電の国際的な業界団体である「世界風力会議」によりますと、2023年時点で導入量は世界の20%を占め、ヨーロッパで1位です。2030年には発電容量を原発55基分にあたる、55ギガワットと現在の4倍にする目標も掲げています。
 こうした政府の方針は、国の産業構造を転換する動きにもつながっています。その変化が最も顕著に表れている場所の1つが、イギリス北部のスコットランドです。

  スコットランド アバディーン沖

 もともと北海油田の開発拠点として知られてきましたが、今、洋上風力のビジネスが盛んになっているのです。
 この地域に拠点を置く発電事業会社では、国内で合わせて4つの洋上風力発電プロジェクトの開発を進めています。すべて完成すれば出力は最大2.5ギガワット(原発2〜3基分)近くになるといいます。
 この会社の技術部門の責任者は「石炭火力はなくなり、将来の主要な発電は今後、浮体式や着床式の洋上風力になるだろう。需要はイギリスだけでなく世界的に増加している」と話していました。
 変化は、発電事業者だけでなく、産業に関連する企業にまで広く及んでいます。
 訪れたのは、こちらもスコットランドに拠点を置く会社です。洋上の発電設備を海底に固定するアンカーなどの係留設備を取り扱っています。

 この会社は、もともと主力事業は石油ガス関連でしたが、その売り上げは現在は8割ほどで、残りの2割ほどは洋上風力関連だといいます。
 今後は需要に合わせて、さらに洋上風力関連の取り扱いを増やしていく計画だといいます。

 マッキンリー ディレクター
 「2030年以降、洋上風力発電のビジネスは本格的に増加し始めるはずだ。また、世界のほかの国々もこれに注目していると感じている。今後10年間で従業員の人数を2倍または3倍にすることになると考えている」

  係留設備を扱う会社 デイブ・マッキンリー ディレクター

 最新技術の開発も支援

 イギリスは、洋上風力の技術開発にも力を入れています。
 スコットランド南東部の中心都市アバディーンにことし3月、オープンした「フローティング・ウインド・イノベーション・センター」という技術開発の施設。
 スコットランド自治政府などが支援して900万ポンド(約17億円)の費用をかけて開設されました。
 対象は、海上での揺れの制御など高度な技術が必要な「浮体式」の洋上風力です。
 海が比較的浅い場合に設置される「着床式」の発電施設に対して、「浮体式」は海底が深い場合に風車を海に浮かべるタイプの施設です。海の底にアンカーを打ち込み固定しますが、技術的にはより難しいとされています。

着床式 浮体式 模式図

 施設には、洋上の激しい波の動きをシミュレーションする装置や、海底に固定するアンカーの性能をテストする装置などが備えられています。
 公的な施設を開設して、企業の技術開発を後押ししようという取り組みで、11月時点で6社が利用し、実験データを収集するなどして役立ててもらっているといいます。

  施設を利用する会社 バリー・シルバー代表

 シルバー代表
 「浮体式の洋上風力発電はまだかなり未成熟の市場で、海底の土壌を想定したアンカーのテスト施設を利用できることは非常に重要だ」

 洋上風力の産業が活性化すれば、この地域で5万人規模の新たな雇用が見込まれるという試算もあります。
 施設を運営する団体の担当者は「この街には50年の間、石油やガス関連の技術の需要に応えてきた素晴らしい企業群があり、洋上風力に移行するのを支援することは自然なことだ」と話し、技術開発を支援し続けると強調しました。

 課題はコスト?インフラ整備?

 洋上風力へのシフトが急速に進んでいるイギリスですが、課題もあります。
 その1つが発電事業にかかるコストです。イギリス政府は再生可能エネルギーの発電事業者が電力を売る価格を15年間保証する制度を設けています。事業者は売電価格を競う入札に参加して落札できた場合、仮に電力の価格が、設定された価格より低くなっても、差額は補填され、一定の収入が約束されます。
 投資のリスクを減らし、収益の安定化を図れるようにするためです。ただ、去年はインフレの影響で洋上風力プロジェクトの入札がゼロになる事態となりました。
 イギリス政府はその後、保証する価格の水準を66%引き上げ、さらに関連予算を11億ポンド(約2100億円)まで拡充したことで、ようやくことし9つのプロジェクトが選定されました。
 事業者が安定した発電ビジネスを展開するには、国の財政支援が必要だということを示しています。
 もう1つの課題が、再生可能エネルギーの電力を各地にスムーズに送る送電網の不足です。

送電線

 遠方から電力を消費地に送るには、陸上の送電網がおよそ1000キロ、海の中の送電網が4500キロ以上必要になる見通しで、多額の投資が欠かせないという試算も出ています。
 イギリス政府はことし10月、送電網などを管理する企業を公営化し、新たに「NESO=ナショナル・エナジー・システム・オペレーター」という監督機関を設置しました。
 国の関与を強め、インフラ整備を早急に進める方針です。

  送電網などを管理する監督機関 クレイグ・ダイク システム運営ディレクター

 ダイク システム運営ディレクター
 「2030年までの間に580億ポンド(約11兆円)の投資が必要で、電力を生産地から消費地に送るための適切な容量と送電網を確保しなければならない。エネルギーを送るうえでネットワーク全体を見直す必要がある」
 この先、本当の意味での「脱炭素」を実現するための課題はそれだけではありません。
 実はイギリスは化石燃料の天然ガスを燃やして発電するガス火力のシェアが34%余りと大きく、これをどう減らしていくか。
 さらに、専門家は、気象条件に左右されるという再生可能エネルギーの弱点をどう克服するかも重要だと指摘しています。

 ジョーンズ ディレクター
 「イギリスの石炭火力の廃止にあたっては、風力などの容量を柔軟に補うことができるガス火力発電の存在が大きい。ガス火力発電を再生可能エネルギーに置き換えていくためには、多くの投資が必要になり、蓄電池など電力を貯蔵する仕組みも必要になる」

  イギリスのシンクタンク デイブ・ジョーンズ ディレクター

 周りを海に囲まれた日本の参考にも

 課題はあるものの、イギリスの洋上風力には日本の企業からも高い関心が寄せられています。日本も周りを海に囲まれているという似た特徴を持っているからです。
 今回、取材したスコットランドに拠点を持つ発電事業会社は、2022年に日本の電力企業の子会社が、その技術力などを見込んで買収しています。
 さらに係留設備を扱う会社も、日本の洋上風力設備のメンテナンス企業と業務提携をしていて、私が取材で訪れた際も2社の間でミーティングが行われていました。
 干ばつや洪水など気候変動によるとみられる異常気象が目に見える形で頻発するなか、脱炭素社会の実現は国際社会がいっそう危機感をもって取り組むべき目標となっています。
 取材を通じ、いち早く石炭火力を全廃したイギリスの経験や課題は、再生可能エネルギーの導入拡大を目指す日本やほかの国々も共有できる部分が多いのではないかと感じました。

  日本の洋上風力発電(北海道 石狩湾沖 2023年)
 (11月17日 ニュース7などで放送)
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