[2024_10_18_07]福島原発「デブリ採取より廃炉計画見直しが先決」 松久保肇・原子力資料情報室事務局長に聞く(東洋経済2024年10月18日)
 
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福島原発「デブリ採取より廃炉計画見直しが先決」 松久保肇・原子力資料情報室事務局長に聞く

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 福島第一原子力発電所の事故で発生した燃料デブリ(炉心から溶け落ちた核燃料)の試験的取り出し作業が難航している。東京電力ホールディングスは9月10日、取り出し作業に着手したものの、まもなくしてカメラの映像が映らなくなり、作業は中断。当初の計画になかった、カメラを交換せざるをえないという事態になった。そもそも試験的取り出しの計画自体に無理はなかったか。今、廃炉を進めるうえで必要なことは何か――。「NPO法人原子力資料情報室」事務局長の松久保肇氏にインタビューした。


――松久保さんが事務局長を務める原子力資料情報室は、9月10日発表の声明文で、燃料デブリの試験的取り出しについて、「意味はほとんどない」と述べています。どういうことでしょうか。

 福島第一原発には、燃料デブリが約880トンあると推定されている。今回の試験的取り出し作業での目標量は、そのうちの数グラムに過ぎない。ごく少量を採取して分析したとしても、燃料デブリ全体の性状がわかるというものではなく、本格的な取り出し方法の検討ができるというわけでもない。
 そもそも、今回取り出そうとしているデブリは、格納容器の底の部分に落ちているものだ。将来の本格的な取り出し作業での順番としてはいちばん最後に来るものであり、優先順位は低い。

 デブリ試験的採取は、リスクの抽出が不十分

――試験的取り出し自体も当初からうまくいっていません。準備作業で、釣り竿式装置のガイドパイプの並べ替えでのミスに気づかずやり直しとなったうえ、取り出し着手後早々にカメラ映像が映らなくなりました。復旧作業もうまくいかず、カメラそのものを交換することになりました。

 東電はこれまでにもカメラ付きの装置を用い、格納容器の内部を撮影している。その際の教訓が生かされていないのではないか。
 今回、「回路に電荷がたまったことが原因でカメラが映らなくなったと推定される」と東電は説明している。これまでの経験から、なぜそうしたリスクを抽出していなかったのか疑問を感じる。
 東電およびメーカー、元請け企業などの間で情報共有ができていなかったのではないか。検証が必要だ。

――デブリ回収作業では、作業員の放射線被曝も懸念されます。

 今回の試験的取り出し作業の計画では、作業員の被曝線量の目標値は12ミリシーベルトに設定されている。職業人の年間許容被曝量(1年で最大50ミリシーベルト、5年では累積100ミリシーベルト=年平均20ミリシーベルト)に照らしても、非常に高い値だ。

 放射性物質を取り扱うグローブボックスでの作業など、人手を介する作業が多いためだが、なぜもっと自動化できなかったのか、疑問を感じる。本格的取り出しに入るとさらなる被曝を伴うだけに、きわめて困難であることを浮き彫りにしている。

 廃炉計画そのものを見直すべき

――原子力資料情報室の声明文では、「このように過酷で無意味なデブリのサンプル採取を行うのではなく、国や東電は廃止措置(=廃炉)そのものについて考えるべきだ」と記されています。これはどういうことを意味しているのでしょうか。

まつくぼ・はじめ/1979年兵庫県生まれ。2003年国際基督教大学卒業。2016年法政大学大学院公共政策研究科修士課程修了。金融機関勤務を経て、2012年7月より原子力資料情報室スタッフ。現在、事務局長。2022年より経済産業省・原子力小委員会委員(撮影:今井康一)

 国と東電が福島第一原発の廃炉について定めた「中長期ロードマップ」では、廃止措置の完了時期は原発事故から30〜40年後、つまり、遅くとも2051年までとされている。しかし、廃炉終了後の跡地の姿すら明らかにされていない。廃炉の最終的な姿が描けないまま、デブリ取り出し作業の工程だけ立てても意味がない。
 そもそも2051年までに廃炉を完了させるという工程自体、現実性を欠いている。これは、事故を起こしていない、通常の原発の廃止措置の年数を参考にしたもので、過酷事故を起こした福島第一原発に当てはめること自体、まったく意味をなさない。つまり、中長期ロードマップそのものを見直すことが先決だ。

――原子力資料情報室の声明文は、廃炉費用の見積もりにも疑問を呈しています。

 経済産業省が有識者を集めて設置した「東京電力改革・1F問題委員会」の「東電改革提言」と題した報告書(2016年12月20日)では、燃料デブリ取り出しまでに要する費用は最大8兆円と見積もられている。それを踏まえ、東電はその8兆円の捻出のために、廃炉等積立金として2017年度から年平均3000億円を積み立てている。
 しかし、8兆円には、デブリ取り出し以降に必要な施設の解体や廃棄物、汚染土壌の処理費用は含まれていない。それらの費用も勘案した場合、廃炉に必要な費用の総額は、東電の負担能力をはるかに上回ってしまう可能性が高い。つまり、廃炉計画は事実上行き詰まっている。企業としても成り立たない。

 政府の審議会でも議題に上らず

――松久保さんは経産省の審議会である総合資源エネルギー調査会・電力・ガス事業分科会・原子力小委員会のメンバーです。これまで福島第一原発の廃炉計画についてはどのような議論がなされてきたのでしょうか。

 ほとんど行われていない。これまでの議論は、既存原発の再稼働や運転期間の延長、原発の新増設に際しての資金の確保のあり方など、原発推進のための事業環境整備の話ばかりだった。
 先般、政府は福島原発事故の賠償費用の上限を引き上げたが、これについても原子力小委では議論のテーマにならなかった。
 原子力小委員会の開催趣旨には、「福島の復興・再生に向けた取り組み」「原子力依存度低減に向けた課題(廃炉等)」という文言があるが、福島原発事故の処理のあり方については、第三者のチェックが入る体制になっていない。事実上、経産省がすべてを決めてしまっているのが実態だ。

――福島第一原発の廃炉は今後どう進めるべきでしょうか。

 燃料デブリを今すぐに取り出すことに意味があるのか、強い疑問を感じている。最終的には取り出さなければならないが、非常に放射線量が高く、取り出し方法も見えていない中ではリスクが大きすぎる。
 現在の国や東電の説明は、あたかもきちんと廃炉をやり遂げることができるかのような幻想を国民や福島県民に与えてしまっている。実際には、スケジュール優先で現実を見ない計画のまま、先の見えない困難な作業をやり続けているというのが実態だ。
 2051年に廃炉を終わらせるという無理なスケジュールが、さまざまな問題を引き起こしている。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト
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