[2024_04_14_01]【特集】「逃げ場がない」志賀原発からの避難経路が寸断 能登半島地震 もしもの時、原発からの避難は(テレビ新潟2024年4月14日)
 
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【特集】「逃げ場がない」志賀原発からの避難経路が寸断 能登半島地震 もしもの時、原発からの避難は

 19:19
 石川県には新潟県にある柏崎刈羽原発と同じように運転を停止している原発があります。
 寸断された道路に、押し寄せる津波…もしものときに、どう避難するのか…。
 住民からは「逃げ場がない」と不安な声が聞こえてきました。
 (取材:TeNYテレビ新潟 報道記者 田中利奈)

 ■道路が寸断…もしもの時、原発からの避難は

 ことし3月中旬の能登半島。
 元日の地震からまもなく3か月を迎えようとしていましたが、建物は倒壊したまま。断水が解消されていない地域もありました。
 記者リポート
 「道路の損傷が激しく、現在は通行ができないため、このように迂回路が設けられています」
 多くの道路が寸断され、避難する上で大きな問題となっており、石川県の中心部に位置する志賀町でも不安が広がっていました。

 ■石川県の志賀原発 地震で油が漏れる不具合も

 海と山に囲まれた自然豊かな志賀町ですが、実は原発を保有するまちでもあります。
 石川県唯一の原発です。
 2基を備える北陸電力の志賀原発。東日本大震災があった2011年の定期点検から現在も運転を停止しています。
 元日の地震で志賀町は最大震度7を観測。
 北陸電力によると1号機の原子炉建屋の地下では震度5強の揺れを観測しましたが原子炉建屋に損傷はなかったといいます。
 しかし1号機2号機ともにつなぎ目に亀裂が入るなど一部の機器から油が漏れる不具合が発生。
 今回は、深刻な事態には至りませんでしたが、漏れたのがもし放射能だったら……。
 近くに住む住民も避難について不安を抱えていました。
 志賀町民
 「運転が止まってるからよかったなとはすぐ思った。運転していたら福島みたいに事故もおきかねないから」
 「あちこち道路が寸断されましたので、まずもって道路での避難は無理。改めて怖い」

 ■「放射能浴びて待ってるしかない」住民の不安

 課題となる原発事故が発生したときの避難経路……。
 志賀町福浦港区に住む能崎亮一さんに話を聞きました。
 能崎さんは地震当時、区長を務めており地区で行われた避難訓練の責任者を担当していました。
 原発のから概ね5キロ圏内に位置する福浦港区。
 全壊した住宅も数軒あり、電気は3日間とまり、地震から1か月後にようやく水が使えるようになりました。
 地震当時、住民とともに近くの避難所へ逃げた能崎さん。しかし、そこから動くことはできませんでした。
 地震当時の区長・能崎亮一さん
 「もしも放射能が漏れた場合は我々はここでずっと待っているしかないんだなって、放射能浴びながら待つんかって、そういう話は出ていた」

 ■予想外の被害 避難計画の破綻

 県が定めた避難計画では、志賀原発から30キロ圏内にある市町村のうち北側は能登半島方面へ、南側は金沢方面へ避難することになっています。
 しかし今回の地震で原発から30キロ圏内の7路線が通行できない状況に……。
 福浦港区は能登半島方面に避難先が指定されていましたが、主要道路は寸断されていました。しかし能崎さんは、仮に道路が通っていても住民は能登町へは避難しないだろうといいます。
 地震当時の区長・能崎亮一さん
 「能登の先っぽ、半島の先っぽにいってもその先逃げ道ないやろっていうことで、もしも原発事故が起きたらまず金沢方面の方がみんな逃げるだろうなっていう話はしていた」
 福浦港区から金沢方面へ行くルートは主に3つ。原発沿いを通る県道と山沿いの2つの県道です。
 しかし、その道を実際に通ってみると土砂崩れの跡が……。ほかにも至るところに工事の形跡があり当時は道路の損傷によりパンクしてしまった車もあったといいます。
 また県や地区単位で毎年訓練を行っていて、陸路だけでなくヘリコプターや船など空路や海路も「避難の手段」に挙げられていました。
 しかし地震当時、多くの人が避難所に押し寄せヘリポートとして予定されていたグラウンドは車でいっぱいに……。着地する場所はありませんでした。
 陸路も空路も使えない場合、船を使うことになりますが。
 志賀町民
 「ここ津波が4m近くあがってまして、みんな流されてるんです、ここ全部」
 地震当時、福浦港区には大津波警報が出されていて、実際に津波も押し寄せました。
 予想外のリスクにより避難計画上での手段が使えなくなってしまった今回の地震。地元では不安が広がっています。
 志賀町民
 「道路はあちこち痛んで動きとれないような状態だっただからもし原発事故が起きたらそれでアウトだなと思った」
 「こういう状況になってみて初めて、いままで訓練っていうのが無意味だったかなっていうので、改めて県とか電力の方も、防災計画をまるっきり見直していただかないとまったく無理だと思う」
 区長を務めてきたときから原発の経済効果を感じていたという能崎さん。しかし、その思いは地震が起きたいま、揺らいでいます。
 地震当時の区長・能崎亮一さん
 「原発とまってからやっぱり、だんだん志賀町も経済的には疲弊し始めているのは間違いない。稼働することが地元にとってもいいのかなっていうのは当時は思っていたけど、地震で果たしてそれがいのかどうなのかっていう」

 ■記者の視点

 Q)避難の計画と住民の思いには差があるようですね?
 【田中利奈記者】
 「もちろん、これまでの避難計画もあらゆるリスクを想定して作られたものだとは思いますが、自然災害というものはそれさえも超えてくるということを取材を通して実感しました。
 新潟県でも柏崎刈羽原発の再稼働に向けて議論が進んでいますが、今回の石川の被害もふまえて、改めてリスクを考える必要がありそうです」
 4月2日「夕方ワイド新潟一番県内ニュース」放送より
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