[2025_03_06_04]原発事故の強制起訴裁判 東電元副社長2人 無罪確定へ 最高裁(NHK2025年3月6日)
 
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原発事故の強制起訴裁判 東電元副社長2人 無罪確定へ 最高裁

 18:59
 14年前の福島第一原発事故をめぐり、東京電力の旧経営陣3人が業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴された裁判で、最高裁判所は6日までに「10メートルを超える津波を予測できたと認めることはできない」として、検察官役の指定弁護士の上告を退け、元副社長2人の無罪が確定することになりました。元会長は去年10月に亡くなり、起訴が取り消されています。

 目次
   裁判官 異例の言及「東電は報告義務怠った」
   遺族「“予測できなかった”はとんでもない言い訳」

 無罪が確定することになったのは、東京電力の武黒一郎元副社長(78)と、武藤栄元副社長(74)です。
 2人は、去年10月に84歳で亡くなった勝俣恒久元会長とともに、福島県の入院患者など44人を原発事故からの避難の過程で死亡させたなどとして、検察審査会の議決によって業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴されました。
 裁判では、震災の9年前、2002年に国の機関が公表した地震の予測「長期評価」の信頼性が主な争点となり、1審と2審は、「長期評価」などをもとに10メートルを超える津波を予測することはできなかったとして無罪を言い渡し、検察官役の弁護士が上告していました。
 これについて、最高裁判所第2小法廷の岡村和美裁判長は「長期評価は当時の国の関係機関の中で信頼度が低く、行政機関や自治体も全面的には取り入れていなかった。10メートルを超える津波を予測できたと認めることはできない」として、裁判官全員一致の意見で上告を退ける決定をし、元副社長2人の無罪が確定することになりました。
 勝俣元会長は去年10月に亡くなり、起訴が取り消されています。
 未曽有の惨事となった原発事故について、旧経営陣は刑事責任を負わないとする判断が確定します。

 東京電力「コメント差し控える」

 元副社長2人の無罪が確定することになったことについて、東京電力は、「事故により、福島県民の皆様をはじめとする多くの皆様に大変なご迷惑とご心配をおかけしていることについて、改めて心からおわび申し上げます」としたうえで、旧経営陣の個人が起訴された裁判だったとして、「刑事訴訟に関する事項については、当社としてコメントは差し控えさせていただきます」としています。

 裁判官 異例の言及「東電は報告義務怠った」

 3人の裁判官のうち草野耕一裁判官は補足意見として、今回の起訴内容に含まれないことを前置きした上で、「東電は、長期評価に基づく津波の試算結果を国に報告する義務を、2年10か月以上も怠った。報告義務の怠りを過失として犯罪の成否を論じる余地もありえたのではないか」と述べました。
 最高裁判所の裁判官が起訴内容と異なることを挙げ、犯罪の成否について言及するのは異例です。
 草野裁判官はこうした意見を述べる理由について「国と東京電力を規律する法制度を踏まえ、旧経営陣らがどのような行動を取るべきだったかを明らかにし、悲劇が繰り返されることのないように腐心することは最高裁判所の職責の一部だ」としました。
 その上で、国から安全性の評価を行ってその結果を報告するよう求められていたことや、福島第一原発に来る津波の高さが最大で15.7メートルに上るという試算結果が原発事故の3年前に社内で示されていたことなどから「東京電力は、津波の試算を速やかに国に報告すべき義務があった」としました。
 また、三浦守裁判官は検察官時代に何らかの形で事件に関わったとみられ、審理には参加しませんでした。

 遺族「“予測できなかった”はとんでもない言い訳」

 原発事故のあと、福島県大熊町から水戸市内に移り住み裁判を傍聴し続けてきた菅野正克さん(80)は、最高裁判所の決定について「こんな残念な結果になるとは思っていませんでした。大きな津波が来ると予測できなかったというのはとんでもない言い訳だと感じます。多くの人たちが避難を続ける中、『はい、そうですか』と素直に受け取れません」と話していました。
 菅野さんの父親の健蔵さんは、震災当時、大熊町の双葉病院に入院していましたが、長時間の避難を強いられて事故の3か月後に99歳で亡くなり、災害関連死と認定されました。
 菅野さんは遺影に手を合わせたあと「このような結果を父親に伝えたところでどうしようもないです。複雑な心境です」と話していました。

 原発事故の被災者は

 2023年、避難先から福島第一原発が立地する福島県双葉町に戻ってきたという60代の男性は「無罪が確定することに対して良いとか悪いとかは言えません。それより、事故から14年経っても双葉町に人がほとんど戻ってきていない状況があり、10年後に町が存続できているのか心配です。中間貯蔵施設の問題など課題が山積みなので、国にはまず地元をどうにかしてくれと強く言いたいです」と話していました。
 東京や福島県いわき市で避難生活を続け、去年、双葉町に戻ってきた70代の男性は「裁判への関心はもうありません。関心を持っても被災者には何もしてくれない。事故が起きてしまったことはしかたがなく、社長にどうこうしてほしいという思いはありません」と話していました。
 そのうえで「近くは空き家ばかりなので、町に人が増えていくにはどうすればいいのか、もっとみんなで考えなければいけない」と話していました。

 林官房長官「被災者の心の痛みに向き合う」

 林官房長官は午後の記者会見で「個々の訴訟の結果についてコメントは差し控える。政府としては原発事故の教訓と反省を忘れることなく、今なお避難生活を強いられている被災者の心の痛みにしっかりと向き合い『福島の復興なくして東北の復興なし、東北の復興なくして日本の復興なし』という思いで取り組んでいく」と述べました。

 福島第一原発事故とは

 福島県大熊町と双葉町にまたがる福島第一原子力発電所は、東京電力が初めて建設した原発で、6基の原子炉があり、1号機は1971年に運転を開始しました。
 2011年に起きた東日本大震災の地震で、運転中の原子炉がすべて緊急停止し、その後に相次いで襲来した津波で非常用発電機などが入った建屋がある高さ10メートルの敷地が浸水しました。
 地下にあった非常用発電機のほか設備に電気を送るための配電盤、バッテリーなども、ほとんど水につかり、原子炉の冷却に必要な電源が全て失われました。
 その結果、1号機では津波の襲来からおよそ4時間後に核燃料が溶け出すメルトダウンに至り、よく12日の午後3時半ごろ、事故で発生した水素の影響で大規模な爆発が起き、建物の上部が吹き飛びました。
 2号機と3号機も相次いでメルトダウン。
 3号機では3月14日に水素爆発が発生したほか、点検のために停止していた4号機にも水素が流れ込み、よく15日の午前6時すぎに爆発を起こしました。
 事故の深刻さを示す国際的な基準による評価では、チョルノービリの事故と並びもっとも深刻な「レベル7」とされ、文字どおり史上最悪レベルの原発事故となりました。

 武黒元副社長 武藤元副社長とは

 武黒一郎元副社長は、2005年から原子力部門のトップ、原子力・立地本部長を務めました。
 2008年に当時、社長だった勝俣元会長も出席する会議を開催し、この場で福島第一原発に敷地の高さを超える津波が来るという試算結果があることが報告されたということです。
 武藤栄元副社長は、2005年に原発の安全対策を担当する原子力・立地本部の副本部長に就任し、2008年に部下から、福島第一原発に来る津波の試算結果を受け、土木学会に検討を委ねたとされています。
 2010年には武黒元副社長のあとを受けて、原子力部門トップの本部長に就任しました。

 裁判の経緯

 【2012年6月 福島県の住民などが告訴】

 “世界最悪レベル”といわれた原発事故をめぐり、東京電力の旧経営陣の刑事責任を追及する動きが始まったのは、事故の発生から1年あまりたった2012年6月でした。
 福島県の住民などが刑事責任を問う告訴状や告発状を検察に提出。
 この年、2回にわたって行われた告訴や告発には、最終的に1万4000人あまりが加わりました。
 これを受けて検察は東京電力の幹部などから任意の事情聴取を重ねたほか、地震や津波の専門家にも幅広く意見を聞くなどしましたが、2013年9月、全員を不起訴としました。

 【2014年7月 検察審査会議決】

 舞台は検察審査会に移ります。
 不起訴処分を不服とする住民や弁護士でつくるグループの申し立てを受け、検察審査会は2014年7月、経営陣3人を「起訴すべき」と議決しました。
 再捜査の結果、検察は、再び不起訴処分としますが、2015年7月、検察審査会が再び3人について「起訴すべき」と議決。
 2度の議決を受けて3人は業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴され、刑事裁判が開かれることになりました。

 【2017年6月 初公判】

 事故から6年あまりたった2017年6月。
 東京地方裁判所で開かれた初公判で3人は、「事故は予測できなかった」としていずれも無罪を主張。裁判では東京電力で津波対策を担当していた社員などが証人として次々と法廷に呼ばれました。

 【2019年9月 1審判決】

 37回に及ぶ審理を経て1審判決が言い渡されたのは、初公判から2年3か月近くたった2019年9月。
 禁錮5年の求刑に対し、3人全員が無罪となりました。

 【2023年1月 2審判決】

 指定弁護士は不服として控訴しましたが、東京高等裁判所も「巨大津波の襲来を予測することはできず、事故を回避するために原発の運転を停止するほどの義務があったとはいえない」として無罪を言い渡しました。
 指定弁護士は上告しましたが、今回の最高裁の決定で事故から14年を経て、刑事責任をめぐる司法判断に決着が付くことになりました。

 【2022年7月 東京地裁が賠償を命じる判決】

 一方、旧経営陣の民事上の責任をめぐっては、東京電力の株主が訴えた裁判で東京地裁が元副社長2人を含む4人に合わせて13兆3000億円余りの賠償を命じる判決を言い渡し、旧経営陣が控訴して2審で審理が続いています。

 刑事告訴の市民団体「被害者踏みにじるような冷酷さ感じる」

 東京電力の旧経営陣3人を刑事告訴した市民団体と、被害者の代理人を務める弁護士は都内で会見を開きました。
 市民団体の団長を務める福島県三春町の武藤類子さんは「3月11日を前にこのような判断を示し、被害者を踏みにじるような冷酷さを感じる。旧経営陣に刑事責任を負わせないことが、次の事故を引き起こす可能性につながる。そのことを理解してもらえず悔しい」と話しました。
 被害者の代理人を務める海渡雄一弁護士は「誤った判決で、あまりにも説得力が無い判決だ」と批判した一方、裁判を続けた意義について「刑事裁判をしていなければ東電内の議論などは分からなかった。法廷で出た関係者の証言は、事故の真相を議論する上でかけがえのない証拠になった」と語りました。

 指定弁護士「民意生かせず残念でならない」

 検察官役の指定弁護士たちは6日、都内で会見を開きました。
 石田省三郎弁護士は「今回の決定は、国の関係機関の見解を軽視し、現在の原子力行政におもねった不当な判断だ。検察審査会で示された民意を生かすことができなかったのは、指定弁護士として残念でならない」と話していました。
 また、最高裁が3年前に出した原発事故の国の責任などを問う民事裁判の判決で、長期評価に基づく試算を「合理性がある」と判断していたことを挙げ「今回の見解は3年前の判断と矛盾している」と批判しました。
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