![]() |
![]() |
[2024_07_31_06]〈再エネは支援しても、原発は自由化逆行?〉あべこべな新聞報道、電力自由化市場での原発建設制度の正しい理解の方法(Wddge2024年7月31日) | ![]() |
![]() |
参照元
05:02 最近、大手紙に原発建設を支援する制度について「原発建設費料金上乗せ検討」との記事が掲載された。 原発建設のため英国のRABモデルを参考に制度が検討されていることを伝える内容だ。RABモデルについては後ほど説明する。 記事では、「原発費上乗せ 自由化逆行」ともあるが、今年度1キロワット時(kWh)当たり3.49円という大きな額の上乗せがある再生可能エネルギー(再エネ)支援制度に触れていない。自然エネルギー推しの新聞社にありがちだが、記事を読む限り自由化の問題をきちんと説明していないと思える。 ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン・ニューヨーク市立大学大学院センター教授は、2000年に電力市場自由化後のカリフォルニア州が停電に追い込まれた際に、自由化して市場に任せてはいけないものは、医療、教育、電気とニューヨークタイムズ紙のコラムに書いた。 医療と教育を市場に任せると弱者の切り捨てにつながる可能性があるので、クルーグマン教授の主張は理解できる。通常公的な支援が行われる分野だ。 では、なぜ電気も市場経済に合わないのだろうか。それには電気の特殊な性質が関係している。電気は需要がある時に、必ず需要量と同じ発電量を供給しなければ停電する。 電気という特殊な商品と市場 電気の需要は1年を通し、1日を通し変化する。夏季、冬季のエアコンの使用により、皆さんの家でも電気料金の支払額は多くなるはずだ。1日の内でも需要が変動するのは、深夜に活動し電力を使っている産業、家庭が少ないことからも分かる。 通常の品物であれば、需要が多くなる時に備え作りだめをしておき、需要に合わせ供給すればよい。電気も需要が少ない時に蓄電池に貯め需要が多い時に放電し供給することは可能だ。 しかし、蓄電池の能力は限定的で(パソコンの電池と同じで長時間の利用は難しい)、まだコストも高い。要は、蓄電池では電力の需要が多い時に備えることはできない。 電力会社は需要が多い時にどのように対応しているのだろうか。どの電力会社の発電部門も需要が多い時だけ利用する設備を保有している。高価格だが調達が容易な石油を使う発電所がそれだ。今年度の想定利用率は15%にも達しないので1年のうち、平均では2カ月間以下しか使われない。 利用率が低いからといっても、設備は維持する必要があるし、発電所には運転、保守などの人員も燃料の用意も必要だ。 お分かりだろうか。市場に任せれば、利用率が低く収益を生まない設備は維持されなくなり、廃棄される運命にある。そうなれば、需要が増えた時に供給量が不足し停電する。極端に利用率が低い設備も必ず必要になるという、他の商品にはない「電気」特有の事情だ。 ここ数年関東地区で供給力不足が顕在化し、節電要請が行われるようになったが、2016年の電力市場自由化以降の現象だ。市場に任せれば、やがて設備が不足し停電するのだ。 自由化市場では将来の電気料金の見通しが難しく、発電所の新設が大きく減るので、老朽化する設備を建て替えるあるいは新設するための支援制度が必要になる。 発電設備を新設するには制度が必要なのだが、全国紙の一面を飾った記事は、英国のRABモデル導入の検討を「国の支援がなければ原発をつくれないということは、市場経済のもとではなり立たない事業」とし「料金を引き上げる可能性が高い」と主張する。 国の支援を必要としているわけではなく、制度がなければ原発に限らず大規模な発電設備はつくれない。クルーグマン教授が指摘したように、発電事業は市場経済に合わないのだ。記事は電力市場の理解が不足しているように思える。 なぜ制度が必要なのか 企業は、投資の継続により事業を維持する。投資対象は製造設備、商品、不動産などさまざまだ。投資額に対し適切な収益が必要だが、さまざまな理由により収益は変動する。 たとえば、予定通り製品が売れないかもしれない、競争が厳しく単価が下がるかもしれない。 企業は投資前の収益計算時に、売れ行き、価格など変動する要素を考慮した感度分析と呼ばれる手法で収益率の見通しをはじき意思決定する。 発電設備建設の投資では、将来の価格の見通しが分からない上に、設備の利用率が極端に低下する可能性がある。さまざまな発電方式の将来のコストは不透明なので、投資する設備の競争力が見通せないからだ。 自由化された電力市場では制度がなければ、誰も設備を新設しない。一方、自由化の目的は、競争の発生により料金が下がるとの期待だ。 しかし、儲かるかどうか分からない設備に投資する事業者は登場せず、発電設備の競争は起きず、小売り事業だけの競争になる。それで料金が下がることはないし、安定供給が実現することもない。 自由化された市場でも増える発電設備が唯一ある。太陽光、風力などの再エネ設備だ。 12年に導入された固定価格買取制度(FIT)に基づき発電した電気を買い取ってもらえるから、確実に収益が得られる。 原発の制度が自由化に逆行すると主張する記事は、再エネ支援制度には言及していないが、既に買取に使った電気料金は約30兆円だ。記事の主旨からするとFITこそ自由化に反する制度となる。 自由化したから制度が不要になるわけではない。自由化するから発電設備建設を支援する制度が必要なのだ。 自由化する前には、総括原価主義により設備のコスト回収が保証されていた。自由化された後も総括原価主義による規制料金は残り、家庭用電気料金の電灯契約の半数以上が規制料金を選択している。 規制料金を選択する人が依然多い 16年に家庭用電気料金が自由化するまで、旧一般電力と呼ばれる東京電力、関西電力などの大手電力の家庭用電気料金は規制料金と呼ばれていた。 規制料金は電気を安定的に供給するために必要であると見込まれる費用に利潤を加えた額として決められていた。総括原価主義と呼ばれる方式だ。経済産業省が規制料金を審査し認可する。 自由化以降、家庭用の小売り事業が自由化され新電力と呼ばれる小売り事業者の参入が相次いだ。消費者保護として残る規制料金も20年に廃止予定だったが、まだ廃止されず選択可能だ。 家庭用料金が主体の電灯契約では規制料金の契約口数が自由料金の口数を上回り、半数以上の消費者が規制料金を選択している(表)。 規制料金の原価の中で最も大きいのは燃料費だが、燃料費については上限額が定められ、燃料費が上限額を超えた時には大手電力が負担する仕組みになっている。 自由化と規制料金は相いれないはずだ。これこそ自由化に逆行だが、政府は廃止しない。自由化により電気料金は下がらなかったのだろう。 企業流出を防ぐためには電力供給が必要 大手電力会社の利益率は、総括原価主義の時代から高くない。売上高利益率は業種により大きく異なるので、使用している資本に対する利益率(資本に対する利益率は、産業を問わず理論上は同レベルに収斂するはずだ)を見ると、図-1の通り、電気業は全産業も製造業平均も下回っている。 総括原価主義の時代であれば大規模な投資も可能だったが、自由化により収益の見通しが立たない中で、利益率の低い大手電力会社は設備に投資できなくなった。 どの企業でも利益率は最近回復傾向だが(図-2)、電力会社の利益率では、とても大きなリスクをとり設備投資を行うことは無理だ。投資には適正な利益の見通しが必要だ。電力会社の株主もリスクの伴う多額の投資を許容しないだろう。 一方、電気自動車、水素製造、データセンター、半導体製造部門での電力需要増が予想される。中でも、生成人工知能(AI)の利用増大によるデータセンターと半導体製造の電力需要増への対処は喫緊の課題になっている。 数年以内に必要な需要については、原発の再稼働で応えられるが、中長期の電力需要については、設備の新設が待ったなしだ。 新設が間に合わなければ、安定的な電力供給が必須のデータセンターと半導体工場は日本には作られず、企業は競争力のある電気料金と安定的な電力供給を求め海外に流出する。原発に限らず発電設備の新設を支援する制度が必要だ。 英国が先陣を切る具体的な制度 1990年から電力業界の民営化と自由化を開始した英国では、2010年代から発電設備が不足する懸念がでてきた。このため、英国政府は14年から容量市場と呼ばれる発電設備を維持すれば資金が支払われる制度を導入した。 新設設備には最長15年間にわたり資金が支払われる。設備への資金は電気料金を通し負担される。 発電設備は建設後通常数十年使用されるので、最長15年の期間では事業者は設備建設に踏み切れない。一方、脱炭素のために再エネと原子力設備の新設が必要とされる。 英国政府は、再エネ設備と原発新設のための制度CfD(Contract for Difference)を14年に導入した。再エネと原発からの電力を一定価格で買い取ることを事業者に約束する制度だ。 CfDに基づき、フランス電力公社(EDF)はヒンクリーポイントC原発建設の契約を16年9月に英国政府と締結した。合意された買取価格は1メガワット時当たり92.5ポンド(12年価格、日本円では約18円/kWh)だった。ちなみに24年の洋上風力のCfDの上限価格は、資材の上昇を反映し着床式で73ポンド、浮体式で176ポンド(いずれも12年価格)だ。脱炭素のためのコストは高くつく。 さて、CfDによる原発建設には批判があった。事業者が工費の上振れ、工期の遅れ、金利上昇などのリスクを取り、リスクを買取価格に織り込んだ結果、買取価格が高くなったとの指摘だ。 つまり、EDFは起こりえる事態のリスク分の費用も織り込んだ結果、高い買取価格が必要だったということだ。消費者にリスクを分散することにより、買取価格を92.5ポンドから50ポンド、60ポンドまで引き下げることも可能だったとの指摘もあった。 このリスク分散の仕組みを入れ買取価格を下げようと試みる制度が規制資産ベース(Regulated Asset Base-RAB)モデルだ。工費の上振れなどのリスクを電気料金に反映することでリスクを分散し結果として電気料金を下げる、総括原価に近い方式だ。 消費者の負担が工事期間中から開始されるが、その分将来の電気料金が下がるので、メリットがある。この負担を「上乗せ」と表現し、電気料金に触れない記事には違和感がある。 日本でも必要な発電設備建設支援 日本でも今年度から電気料金による容量市場の負担が始まった(<相次ぐ電気料金の値上げ>なぜ、毎月上がるのか?専門家が料金設定や補助金の制度を徹底解説 エネルギー基礎知識(9))。自由化以降の日本の制度は英国の後追いのように見える。英国が試行錯誤でより良い制度を目指す中で、日本が模倣しているようだ。 電力需要の増加が予想され、電源が必要とされる中で、設備への投資を支援する制度は電力市場では必須だ。 制度がなければ、やがて停電し、産業も流出し、生活と経済に大きな影響を与える。電気料金を抑制しながら、脱炭素電源の原発による安定的な電力供給を実現するにはRABモデルは必要だ。 工事期間中だけの電気料金上乗せをことさら取り出すのではなく、安定供給と料金抑制に資する制度であることをメディアは伝える義務がある。 山本隆三 |
![]() |
![]() |
KEY_WORD:原発-建設費-電気料金-上乗せ_:再生エネルギー_: | ![]() |
![]() |